黒鳥は踊れない
「脳ミソいかれてんのか、こいつら。なんであんな隙間に突っ込んでいけるんだ」
「コースルートの最適解は先行する船の推進材で汚れてるから、避けるって発想は分からないでもないが、それにしても、ライン取りがめちゃくちゃだ」
「おい、うちのルートはこれでいいのか?」
「42番を参考にするな。あくまで最適解はこっちだ。あんな勢いでふかしてたら、今日のコースは最後で推進材切れになるぞ」
「奴ら、あんな小さな船でどこに推進材そんなに積んでんだよ」
よその船を尻目に、好き勝手しているMMは、笑いが止まらなかった。
「いやー、ガス欠知らずで、経済運転しなくていいって最高!」
「だからといって、あまり派手なことはするなよ。不自然過ぎると要らん詮索をされる」
「わーってるって。でも、貧乏でチマチマ飛ばざるを得ない生活してたからなぁ。もうこの使いたい放題というのが快感で、たまらん。お前の人力ラムスクープは反則」
「人力じゃなくて理力。ちゃんとプロが設計したブルーロータスのフォースフィールドジェネレータの制御公式を応用してるんで、効率はいいけど、下手なタイミングでやるとスピードが落ちるから、ずっと取り込んでるわけじゃない。無駄遣いしすぎると、すぐに推進材切れになるぞ。いつまでもはしゃいでないで、ちょっとは落ち着け」
渋い顔をした川畑に、MMは素直にあやまった。
「へーい。2周目はおとなしくちゃんと飛びます」
「おっと、厄介なのが入ってきているぞ」
2周目を、MMが言うところの"おとなしくちゃんと普通"に飛んでいるとき、川畑はSS内に癖のある動きをする船がいることに気がついた。
「34番"オディール"。33番の僚機だよ。ヴィクトリアが言ってただろ」
「だっけ?」
「女の子がした話を覚えすぎててもダメだけど、全部聞き流してると嫌われるぞ」
「くっ、妻帯者マウント。どうせ俺はモテませんよ」
「ジャック。そんなことないよ」
「マスターもオンナノコのあいて、しっぱいばっかりでダメダメだよ」
MMが感じていた理力センシング結果が急にぶれてぼやけた。
「こら!ロイ!ナビゲーションに支障をきたすほど動揺すんな!」
「のりこには、まだ…嫌われてない…と思う……そう祈る……」
「だぁああ!お前、嫁のことになるとぐだぐだだな。いいから周辺情報寄越せ。解像度落ちてるぞ」
「マスター、ゴメンね。きにしないで」
「ノリコはやさしいから、マスターがオンナノコにしちゃいけないこと、いっぱいしても、ゆるしてくれるよ」
「ノリコにフラれても、ボクらがいるから。そのときはちゃんとなぐさめてあげる」
「カップ、キャップ!それ以上えぐるな!ロイ、立ち直れ。いや、立ち直らなくてもいいから、ナビゲーターの仕事しろ!なんも見えねぇぞ」
MMは肉眼だけで見る正面モニタとコンソールの情報量の少なさとそっけなさに愕然とした。最近はずっと川畑のサポートありで飛んでいたので、元の感覚をすっかり忘れていたMMは、急に何もかも剥ぎ取られた気持ちになってゾッとした。MMがパニックを起こしかけたとき、不意に補正された感覚が戻った。
「すまん。つまらないことで動揺した」
「いいから集中しろ。さっきのでちょっとラインがぶれた」
MMは戻った感覚で周囲を確認した。本来の最適進路を現状に合わせて修正しようとして、彼は通るはずだった進路上に異物があるのに気がついた。
「"置き石"だ!」
「34番だ。他にも妨害が来るぞ。すまん、さっきこの話をしかけてた」
「しっかりしてくれよ。お前は俺のナビなんだから。レース中は俺のサポートに専念してくれ」
「悪かった」
流れ込んでくる力と情報が安定したことに、MMは安堵した。
「くそっ!なんで今のが避けれたんだ。完全にタイミング合わせて、奴らの予想進路に撒いたのに」
「避けたにしては挙動が意味不明だ。マシントラブルか?」
「偶然で避けられてたまるか!死神め」
「おい、止めろ。WPを弾くのは早すぎる。うちも3周しなきゃいけないんだぞ」
「のんびりしてたら、42番が3周おえちまう。ここで仕掛けないと」
「"ジークフリート"がまだ周回を終えてない。ジークを勝たせなきゃ意味ないだろ」
「ジークなんて知るか!これはオデットの復讐だ。なんとしても奴は潰す」
「なあ、頭にきてんのはわかるけどよ……どうせなら、妨害とかにかまけてないで、ガチで飛んでオデットの代わりに、うちが上位入賞狙わねぇか?ジークもさ、オデットがいないなら、多少はうちもサポートしてくれるかもしれないし」
「ジークの連中はうちなんか眼中にない。せいぜい便利な掃除係ぐらいにしか思ってないさ」
オディールのパイロットは、自嘲気味にニヤリと笑った。
「しょせんうちは悪役だ。今さら真面目に飛んでも初日のペナルティでトップには届かない。憎まれ役はとことん一芸を極めるのが花……せいぜい派手に散ろうぜ」
オディールのコパイロットは、苦笑した。相方のこういう変に男前なところに惚れて、毎度、汚れ仕事の片棒担いでる自分は、相当歪んでる自覚があったが、今さらそれをどうこうする気もなかった。
「また、WPが弾かれた。オディールの奴ら、今日で失格になっても構わん気か」
「WPに悪さをされると、タイムに響く。前に出る」
「どのみち3周目は避けれんぞ」
「2回影響受ける数を減らす」
「無理はするな」
「誰にものいってんだ」
言っても聞かないパイロットだったと、川畑はあきらめた。
「ロイ、今のWPは捨てる。拾いに行くロスの方がペナルティよりも大きい。ついでにこいつとこいつを無視して、この間を突っ切る。エネルギーロスは酷いが、一気に34番の前に出れる」
「合流点は中継機の近くだな。これなら相手も無茶はしないだろう。推進材足りるか?」
「足らせろ。いくぞ!」
MMはインプット済みだった最適進路をキャンセルして、手動でルートを外れた。
「42番が消えた?」
「いや、間隙を外れて、軌道高度を下げたようだ」
「ルートを外れたらWPのペナルティが入るぞ」
「どうせうちが何か細工すると踏んで、2、3個飛ばしにかかったんだろう。ばーかーめー。そのまま戻ってこれなくしてやる」
「どうする気だ?」
「上位軌道を押さえて、徹底的に蓋してやる。コースはこの後、1つ外側の間隙に遷移するが、そこには行かせない。根性で張り付いて嫌がらせしてやるぞ。ザマァミロ」
フハハハハと高笑いする相方に惚れ惚れしながら、オディールのコパイは推進材の残量を確認した。もともとオディールは諸々の小細工用に積み荷も推進材も多めに積んでいる。それをここで使いきるつもりなら、死神相手でも相当いいところまで食らいつけるだろう。上の命令でダーティな役目はしているが、相方はこれで存外優秀なパイロットなのだ。
「来るぞ。うちより前に出る気だ」
「ようこそ、ボケガラス。月夜に悪魔と踊ったことはあるかい?」
オディールの二人は知らなかった。
42番暁烏の乗員はスピード狂で高機動大好きな鬼と悪魔だった。
その後の暁烏と黒鳥の空中戦は、狂乱の182sと呼ばれ、動画は後に宇宙艇パイロット達の間で長く人気を博した。
この一戦は、42番に狂烏という新たなあだ名をもたらした。




