笑うバカガラス
「それで鼻の下伸ばして、かわいこちゃんと一緒に食事してきたのかい?」
「たしかにヴィクトリアちゃん(仮名)は可愛かったけど、一緒に食事まではしてない。ケータリング不味そうだったから、サロンでお茶してきただけだ」
「同じだ、バカ者。"(仮名)"ってなんだい?」
「名前教えてもらえなかったから、勝手にそう呼んでる」
男ってバカだなと言わんばかりの目付きで、ヴァレリアはため息をついた。
「どうせ船のスペックとかベラベラ自慢してきたんだろう」
「さすがに途中で俺が止めた」
「大丈夫。俺が数値を覚えているカタログスペックなんて、うちの船じゃ意味ないから」
ヴァレリアと川畑の冷たい視線をものともせず、MMは無邪気にそうのたまった。
「でも、一方的に聞き出されてばっかりだったわけじゃないぞ。他のチームについて色々教えてもらったし」
「そうそう。33番の僚機のなんとかの話とか」
「聞いても頭に入ってないんじゃ役に立たないだろう」
「34番"オディール"。移動区間のWPをさんざん潰してた奴だよ。汚い手も平気で使って来るから気を付けろって」
「と言っても、明日はそいつ俺達よりも出走順位が後だから、関係ないけどな」
「そいつだけじゃなくて、古株の大手チームに目をつけられてるから、目の敵にされるぞって言われた」
「実況でも、あんた達、酷い言われようだったからねぇ。"イカれ野郎"とか"死神"とか」
「なんでだろう?」
「俺達、こんなにフェアにレースしてるのに」
「へいきだよ、ますたー。ここにはあくとうしかいないから」
ニコニコしながらフォローにならないフォローをしてくれたキャップに、MMと川畑は曖昧な笑いを返した。
ニーブンズは、3日間それぞれ別のコースを飛ぶが、同じビバーク地点に戻ってくる方式のラリーだ。
MMと川畑は、昨日と同様にヴァレリアとキャップをお留守番に残して、スタンバイした。
「コース配信あった?」
「まだだ。なんか他所より遅めに来てるっぽい辺りに新人いじめを感じる……お、来た来た。へぇ、今日はリングに沿って回るみたいだぞ」
「移動区間短めで、ずっとSSって感じか?」
「そうだな。ほぼ全部お前の大好きなガチレースだ」
「やったね」
「ここのリングはほとんど氷みたいだから、昨日の谷よりは心臓に悪くなさそうだ」
「ますたー、しんぞうきになるの?」
「カップ、文学的定型表現だ」
「だよね?ますたー、しんぞうツヨイもの」
「……コース確認に集中しよう」
「はーい」
「しかし、これだとキャップの広域センシングがほぼ役にたたなくなるな。リングは質量点だらけだ」
「キャップもこっちによぶ?ふたりでちかくをしっかりみようか?」
「そうだな。その方が良さそうだ。おーい、キャップ。方針変更だ。今日は一緒においで」
「あいさー」
ポン!と現れた黄色い妖精は、カップがジャックのポケットに収まっているのを見ると、嬉々として川畑の頭に乗っかった。
「お前はノイズ気にしないのか」
「ボクはノイズキャンセルとくい。きょうはボクが、ますたーどくせん」
よく分からないが、妖精達が揃って機嫌良さそうなので、川畑はコースデータの解析に集中した。
つつがなくスタートして、暁烏はリングに向かった。
「ロイ、昨日のSSで渡してくれてた地形情報みたいなの、もらえるか?あれ便利なんだけど」
「地形情報……ああ、あれは視覚処理がおっつかなくて、カップの理力センシング結果を一部そのまま送ってただけだから。欲しければ渡すけど、ジャックなら自分で感知しちゃった方が早いかもしれないぞ」
「俺はそんなものわかんないって」
「できるよ。ジャック、ずーっとますたーとつながりっぱなしで、ボクたちとおはなししてるし」
「こないだ、おちゃにジャムいれてたし」
「あれは、ロイがうまそうに飲んでるから……え?なんか関係あるのか?それ」
ぎょっとしたMMの隣で、川畑がちょっとばつの悪そうな顔をした。
「何!?ヤバい成分入ってるの?」
「ちょっと不老長寿の実が……あっ、大丈夫!あの程度なら多少体調と魔力が回復するだけで、ダーリングさんみたいなことにはならないから」
「みたいなって、あの人どうかしたのか!?」
川畑は痛ましそうな顔で、目をそらした。
「今や立派なドラゴンスレイヤーです。2段ジャンプして魔法剣でバカでかい竜を一刀両断できます」
「お前、うちの銀河の英雄に何してくれちゃってるの!?」
「あの人、あれで結構ノリノリで両手剣にエンチャントしてぶん回してたから、もともと素質はあったんじゃないかな」
「真面目な人を色物にするのは止めて差し上げて!……でも、乗り込み乗っ取り隊の時のことを考えると、色々否定しきれないのがつらい。あの人、冷静沈着に見えて、実は中身武闘派のアブナイ人だよな」
「すっごいぞー、ダーリングさんって、魔力使いすぎると、目の光彩の金色の部分が増えていくんだ。ドラゴンハントマラソンの最後の方とか、ほぼ金眼の魔人と化してて、制御できない余剰魔力の放出で、周囲に金色の火花が飛んでたからなぁ。あれは迫力あった」
「ますたーも、じんかくトんでたよ」
川畑は眉根を寄せた。
「やっぱり群れはいかん。群れは」
「俺、この話聞くの止めとく」
「ジャック、でもこれ、船の素材集めの時の話だぞ。お前のこの船は、俺の努力とダーリングさんの犠牲の元に作られているんだから、ちゃんと飛べよ」
「聞かなきゃ良かった」
MMは、謎素材で魔改造された愛機を駆って、SSの開始点までに5台抜きを果たした。
「視覚への補正は少なめ。WPと他の参加機体のマーキング程度に押さえて、リング構成物質の配置は理力感知で。これでいいな」
「ああ。スピード出すならそれが一番手っ取り早い」
「主にリングの間隙に沿って、全部で3周する。1周目はルート確認しながら様子見が定石だが……」
「1周目から普通にいく」
「だと思った。ほら、調整時間が終わるぞ。カップ、キャップ、スタンバイ」
「はーい、ますたー」
「あいさー」
MMが感じていた妖精達の理力センシングの精度が跳ね上がった。
「うはっ!これ解像度すげぇな。」
「二人分統合して補正かけてるから。WPはリング4分の1は解析終わったんで、表示だしとく」
「これだけ解ってりゃ、全開でいける。いくぞ!」
「おう」
暁烏は、大型ガス惑星のリングを、光の矢のように翔抜けた。
「いやー、爽快、爽快」
「無人の野を行くがごとし……じゃなくて暴虐無人だな、これは」
先行する他の機体も何のその。WPとCPさえチェックしていれば、どこを飛んでも構わない状況で、MMは機体性能とパイロットの腕にものを言わせた曲芸を繰り返して、どんどん順位を上げた。
自働回避システムはオフにしているので、抜くときに接触すれすれの位置を飛ぶのは平気だし、多少の大回りをしても、その後の加速で前に出てくる暁烏は、向かうところ敵なしだった。絶好調のMMは、鼻唄混じりに、他機は選ばないようなショートカットを楽しんでいた。
「リング全周走査完了。WPとCPは全点マーク済み。あとは好きにしろ」
「このオレンジの三角マークはなんだ?」
「ポイントじゃない主催者の機器。多分、中継カメラ」
「へー、視聴者サービスとかした方がいいかな?」
「余計なことすんな。むしろ、その近辺ではおとなしくしてくれ」
「へーい。ロイ、なんか音楽かけて。ノリのいいやつ」
「んじゃ、適当に」
無駄に派手なコークスクリューでCPをクリアしていく暁烏の実況映像を見ながら、ヴァレリアは「バカ者め」と呟いた。




