死神は白鳥に微笑まない
「この42番は、頭おかしいだろう」
スペシャルステージの実況を見ながら、誰かがそう言ったのを聞いて、ゴンチャロフは下位組の様子をみた。たしかに42番が30番代の船をごぼう抜きにして順位を上げている。コースの各所に取り付けられたカメラの映像は、普通に飛行している30番代の船のところに、42番が飛び込んで来て、各船がバランスを崩されてクラッシュするという画の連続だった。
「ずいぶん調子に乗ってるな」
「ボス、どうかしましたか?」
「レース中は、オーナーと呼べ」
レースの主催者の一人であるゴンチャロフは、少し"新人教育"をした方がいいと、部下に命じた。
「少しは反省しろ!」
川畑の堪忍袋の緒が切れた。
「えー?でも、大丈夫だったからいいじゃん」
「いいわけあるか!氷土の地下洞窟を競り合いながら爆走までは、ギリギリ許す。最後のアレ!地形情報知っててそのまま突っ込んでくのはなんなんだよ!」
「信頼」
「ぐ……」
「俺ならいける」
「バカ野郎!」
あの時、白い33番の船と競り合いを続けた暁烏は谷の奥にあった開口部から、地下の大空洞に入った。真っ暗な洞窟内を2隻で並んで飛ぶというのは狂気の沙汰だったが、33番は逃げずに食らいついてきた。抜きつ抜かれつお互いを振りきれないまま、2隻は減速タイミングを見失った。洞窟に溜まった薄い大気のために多少は速度が落ちたが、壁に接触したら大事故間違いなしの速度のまま、2隻はあっという間に曲がりくねった洞窟の突き当たりの分岐までやって来た。
この分岐は悪質な引っ掛けで、スタート前に配られたコース解説では、上の分岐に行くように指示が書かれているにもかかわらず、ライト付きのWPが分岐手前のなだらかに下る床側に付いていた。
WPに誤誘導された33番は、下側の分岐路を進み、行き止まりに激突した。暁烏は上の分岐路には入れたが、洞窟はその先で急カーブを描いてほぼ垂直に上っていた。MMは流石の反射神経で機体の姿勢を変え、姿勢制御のスラスターを派手に吹かせて、ピッタリ洞窟に沿って船を上昇させたが、横に乗っているものはたまったものではなかった。蹴飛ばされたように地表に飛び出した暁烏の背後で、33番が激突したために崩れた氷土の隙間から、激しく水と水蒸気が噴き出した。
「固体の危険な飛来物は、機体表面で転移させたけど、無茶苦茶不自然なことになったからな。実況カメラがあったらアウトだぞ」
「ますたー、カメラはメッしといたよ」
「おっ、気が利くな、さすがカップ」
「えっへん」
「ああ、お前のあだ名が"グレムリン"なのって、そういう……」
「全部のカメラを壊しちゃダメだぞ」
「うん。わかってる。ますたーがひとにいえないことしてるときだけね」
「……ああ、うん」
「お前、何、教育してんの!?」
暁烏は無事にSS区間を終えて、初日の帰還移動区間に入った。
「置き石は平気だけど、WPのマーカーを物理破壊するのは止めて欲しいなー」
「チャフ撒いたり、ペイント弾並べるのも悪質だよ。船に当たる分は全部転移できるけど、WP側で信号を止められるとどうにもならん」
結局、WPをいくつか取りこぼして、タイムペナルティを貰い、暁烏は初日、暫定18位でレースを終えた。
「おかえりー」
「ただいまー」
「お疲れさま。まぁまぁ、頑張ってたじゃないか」
係留地で船のメンテナンスに来たヴァレリアは、船内の男二人を見て顔をしかめた。
「なんてカッコしてんの」
「すんません。風呂上がりなんで」
「今、なんか着る」
「風呂って、あんたの部屋の?優雅なもんだねぇ。その調子なら人間の方は問題なさそうだ」
機内をざっと見回して、ヴァレリアは船の方はきちんと見ておきたいから、しばらく散歩でもしてこいと言って、二人を追い出した。
「どうする?」
「メシがまだだから、食事のできるところに行こうか。たしか乗員とスタッフ用のケータリングがあったはず」
「何が入ってるかわっかんないから、お前んちのメシのがいいなぁ」
「とりあえず見るだけ見てみよう。ヤバかったら、うちで食べればいいよ」
仮設の休憩所内を歩いていると、順位表が表示されていた。
「思ったより順位が良くなかったな」
「ペナルティが痛い。明日はSS以外でも、もうちょっと攻めて行こうか。18位スタートなら今日ほどWP妨害はないはずだが……」
「18位ってことは、あなた達が"死神"の42番?」
不意に脇から声をかけられて、川畑とMMは、間抜けな顔で隣を見た。
「俺達は42番だけど、チーム名は"死神"じゃない」
「あら、みんなそう呼んでるわ。"死神"とか"凶烏"とか。本当はなんだったっけ?"壊し屋"?」
「暁烏だ」
「ふーん。でも、自爆なしで8キルは、今日の撃墜王よ」
白い毛並みの小柄なク・メール人は、猫に似た頭頂部の副耳をピンと立てた。
「キル……も撃墜もしてないぞ」
「そうそう。誤解だ。俺達は普通に飛んでただけだ。きっとみんな操船ミスの自滅だよ」
「でも、"オデット"墜としたの、あなた達でしょう?」
「オデット?誰?」
MMは首をかしげて、川畑に尋ねた。川畑は順位表の下の方に並んでいるリタイア組の名前を確認した。
「あ、33番か」
「誰だ?」
「間欠泉手前でコースアウトした白い船」
「ああ!あいつか。結構いい飛び方してたのに、惜しかったよな」
「白鳥のオデット。人気のある有名な船よ。きっとあなた達、恨みかってるわ」
MMは肩をすくめた。
「と言っても、実力以上に入れ込みすぎてミスするのまで、いちいち他人のせいにされちゃかなわない」
「オデットのパイロットは冷静な人で、コパイロットも優秀だったわ。焦ってコースミスなんてらしくない」
MMと川畑は顔を見合わせた。
「君、オデットの人の身内?」
「身内じゃないわ。ライバルよ」
小柄なク・メール人は、ほっそりした体をできるだけ大きく見せようとするみたいに、やや背伸びして胸を張った。
「私は"ジェリクル"のパイロットよ!」
「あ、どうも。俺は暁烏のナビゲーター。で、こっちがパイロットのジャック。よろしく」
「え?ああ?よ、よろしく……」
「俺達これからメシなんだけど、君はもう食べた?」
「いえ、まだよ」
「じゃぁ、一緒にどう?」
「え?」
「俺達、初めてで勝手がわからないから、教えて欲しいんだけど、ケータリングの受け取りってどうしたらいいんだ?」
「それなら、参加証を持って、あちらのカウンターで……」
そのまま案内してくれた彼女は、ずいぶん親切な人だなと、MMと川畑は思った。




