トンボのいない夕焼け
「目標捕捉。投下」
高高度から高速で降下した川畑は、抱えていた強化装甲を蜻蛉竜に向かって投げ下ろした。バカでかいトゥーハンドソードを構えたダーリングは、インパクトの瞬間に、強化されたパワーで、思いっきり剣を竜の長い胴体に叩きつけた。
スピードとパワーの乗った一撃に、竜は体をくの字に折って、ダーリングごと山腹の雪だまりに埋まった。
「どうだ、人力メテオストライク!」
「人を隕石扱いするな!あと、これは人力ではないだろう!?」
雪の穴から出てきたダーリングは、銀翼で上空に浮かぶ白騎士に文句を言った。
「倒した?」
「まだだ。出てくるぞ。追撃用意」
「硬ぇなぁ」
爆発するように雪が舞い上がって、蜻蛉竜の大きな頭部が延び上がった。川畑はトンボやトカゲよりはムカデに近いその頭部に向かって、ミサイルを斉射した。
無駄にカラフルな爆炎をくぐって、ダーリングをピックアップした川畑は、露出した黒い岩頭に彼を下ろし、人が携帯するには大きすぎるガトリングガンを渡した。
「頼むぞ、固定砲台」
再び飛び上がった川畑は、銀色の光の粉を振り撒きながら、蜻蛉竜の目を引き付けるように飛行した。蜻蛉竜はギチギチと顎をならしながら、伸び上がって3対6枚ある羽を広げた。
ダーリングは目の前に無防備に晒された蜻蛉竜の腹側に、銃弾を可能な限り撃ち込んだ。
蜻蛉竜の腹側にびっしり生えた節のある脚が、派手に千切れ飛んだが、本体は大きく仰け反った程度で、ダメージはあまり入っていないようだった。蜻蛉竜は緩やかにうねりながら浮かび上がった。
「対魔法防御があるっていうから、物理で攻めたのに、物理防御もガッチガチかよ」
食いちぎられそうなぎりぎりで、竜の顎をかわしながら、川畑はダメ元でいくつか光学兵器を試したが、光線は竜の操る風の層でことごとく減衰するか、乱反射された。
「ムダ撃ちは止めろ!まったく通ってない」
「風の障壁が厄介だな。爆発の威力も削りやがる。近接しか無理か?」
「空中にいる奴を叩いても、衝撃を殺されてる。羽を始末して、地上に落とさないと」
「その羽が必要で狩ってるんだろ!」
川畑は蜻蛉竜の顎の前に、グレネードを投げてから、ダーリングの隣に短距離転移した。
「飛ぶぞ」
川畑はダーリングを後ろから抱えて、垂直に上昇した。
蜻蛉竜は目敏くそれを見付けて、巨体をうねらせながら追ってきた。
「どうする気だ」
「最初と同じ、高高度からのアタックだ。今度はこれで羽の付け根の一番細いところを狙う」
川畑の手元に、奇妙な道具が現れた。それは、持ち手の先に、リールと重りがついた小振りなけん玉のような形だった。川畑は重りの側をダーリングに握らせた。
「新作ロマン兵器"単分子ワイヤー"。元は軌道エレベータ用のバカみたいに引っ張り強度のある極細の糸だ。魔法世界に置換されて細部構造は変わっているが特性は同じ……気を付けないと指切るぞ」
川畑はダーリングの視野にワイプを開いて、作戦の模式図を表示した。
「行けるか?」
「やろう」
「よし!」
川畑は昇りつめた青空の高みで、綺麗にターンして、彼らを追ってきたために上下に伸びきった蜻蛉竜に向かって、真っ直ぐ降下した。ダーリングも川畑と向かい合うように姿勢を変え、強化装甲の黒い翼部を展開した。
「向かって左」
「俺が腹側」
白銀と黒の翼が銀の雲を細くひいた。噛みきろうと開いた蜻蛉竜の顎の間際で、二人はわずかに翼をひねって背側と腹側に別れた。二人の手の間に極細の糸が張られる。
川畑とダーリングはそのまま高速で竜の身体スレスレをすれ違った。
蒼天に昇った蜻蛉竜の片側の羽が3枚、きらめきながら宙に舞った。
「やったあ!」
空中で急停止して上空を見上げた川畑は歓声を上げたが、すぐにガクンと引っ張られて落ちた。
「バカ!手を放せ。滑空しろ」
重りにつながる糸を手元のリールで巻き取りながら、川畑は姿勢を崩したダーリングに向かって飛んだ。
地面に激突する寸前に開いた穴に飛び込んで、二人は近くの山腹の雪の上にぽすんと落ちた。
「あぶねぇ……ひやひやさせんなよ、元宇宙軍」
「貴様なら、対処可能な範囲だろう」
ダーリングは雪の上に大の字になった。上空から細長い透明な羽が3枚、ひらひら回転しながら落ちてくる。川畑が左手を軽く振ると、3枚の羽は彼らの直上に転移され、ダーリングの真横に突き刺さった。
「これで終わりか?」
「ああ。あっちに落っこちた本体を仕留めたらな」
ダーリングは起き上がって、川畑の隣に立った。
「仕方がない。まだ、魔力とやらの使い方も習得できていないし……やるか」
結構大変だった。
「へー、いい状態じゃないか」
材料の納品のために呼ばれた依頼人は、少し得意そうな顔の男たちの前で、巨大な羽から細い繊維質を1本抜き取った。
「うん。試作品用にはちょうどいい。そこまで指定していなかったのに、先にこんなのを用意してくれるとは気が利くな。ありがとう。小蝿竜の幼体の組織は柔らかいし、小振りだから使いやすいんだ」
満足そうにうなずいて、ヴァレリアは、川畑の肩を叩いた。
「こんな感じで蜻蛉竜の羽も頼むぞ。数は100もあれば十分だから」
川畑は笑顔のまま、山の彼方の遠い空を望んだ。
「……ヴァレさん。もう一度、蜻蛉竜の画像見せてもらっていいか?」
ヴァレリアはポケットから長杖を取り出して、画像を見せてくれた。
「これ、縮尺は?隣に人を並べるとどれくらいのサイズ?」
「そうだなぁ、これくらいだ」
川畑とダーリングは、ヴァレリアの指の隙間を見て、確認しなければよかったと思った。
「わかっているとは思うが、こいつと違って、蜻蛉竜はかなり装甲も硬いし、魔法も使うから、あまり手を抜かないようにしろよ。群れを相手にすると厄介だぞ。なぁに、対魔法障壁なんて、より強い魔法で抜けるんだからお前なら気を抜かなきゃ大丈夫。二人で連携できるなら、できればクリスタルのさらに上位種を狙ってくれ。この先の高い山の火口付近にいて、手強いが性能はいい」
「……ああ、わかった」
「全部じゃなくていいぞ。10ぐらいそれなら、かなりいいものが作れるから」
「……そうなんだ」
「頑張れよ!楽しみにしている」
ヴァレリアは獲物を解体して、素材を選り分けると、上機嫌で帰っていった。
夕焼けに真っ赤に染まった山を見ながら、川畑とダーリングは、どちらからという訳でもなく呟いた。
「さて……」
「メシでも喰うか」
「わーい。おやまでごはんはピクニックだー。それともこれからキャンプかな?どっちにするの?ますたー」
「ボク、バーベキューがいいなー。マシュマロもやこうよ」
高原でバーベキューは、意外に楽しかった。
蜻蛉竜の納品完了までに、ダーリングは魔力操作と強化装甲での飛行を習得した。




