青空の下へ遊びに行こう
「だから、都合の良い時だけ一方的に私の私生活を乱すなとあれほど言っただろう!」
「私生活……仕事してるだけだろ」
「余計悪い」
ダーリングはどんよりした目でデスク越しに川畑を見上げた。
「ストレス溜まってないか?目が死んでるぞ」
「誰のせいだ!」
「すまん」
川畑は素直に謝った。
「という訳で、ストレス解消に少し体を動かしに行こう」
「そんな暇はない」
「大丈夫。100sも経たない内に戻ってこれるようにするから」
「どこで何をさせる気だ?」
「時間がもったいないから説明は向こうでするよ」
「知ってるぞ、こういうの。夜中に部屋で一人でいると、得たいの知れない奴がやって来て、遊びに行こうといって部屋から連れだそうとする奴だ。子供向けフィクションでよく見たぞ!」
川畑は子供時代のダーリングを想像した。暖炉のある子供部屋でベットに入り、ホットミルクとクッキーを貰って、物語を聞かせてもらっているシチュエーションがめちゃくちゃ似合うビジュアルの子供だったに違いない。
川畑の口の端がピクリとはね上がった。
「いざ行かん。冒険の旅へ!」
空気を読んだ魔王マントが現れて、川畑の腕の動きにあわせて、ばさぁっと外連味たっぷりにはためいた。
「絶対に行かんぞ!私はもう大人だ!」
可哀想な犠牲者は、悪い魔物に拐われた。
「それでは、本日は楽しい竜退治に参りたいと思います」
「待てぃ、こら!何で私がそんなものに参加せねばならんのだ!?」
高く晴れ渡った青空の下、小さな花が所々に咲いた草地に、ダーリングの怒号が響き渡った。
「ダーリングさん、せっかく力を拡張したのに、上手く使えてないだろう?ちょっと練習しておこうよ。いきなり理力の感覚は掴みづらいかも知れないけど、ここみたいな魔法世界の魔法は、直感的な感覚で制御しやすいから練習にはちょうどいいんだ。一度、実戦で使うと大分上達するから」
「いい大人が、竜だ魔法だといわれて、ハイそうですかと納得できるか」
川畑はカップとキャップを呼び寄せた。二人とも魔法世界仕様で久しぶりに衣装はファンタジー準拠だ。
「妖精は見えてるだろう?非実在だと思ってきたものを認めるのは抵抗があるだろうが、俺の存在を許容できてるならその延長線だ」
「お前の存在がまだ許容できておらんのだ!」
肩と頭に妖精を乗せた川畑は、ちょっと困った顔をした。
「どっちかというと、ダーリングさんはすでにこっち側の人なので早めに順応お願いします」
ダーリングがあまりに絶望的な顔をしたので、川畑はなんだか少し悲しくなった。
「えー、では。そんなダーリングさんのためにご用意いたしましたのが、こちらの強化装甲。……着心地どう?俺と身長そんなに変わらないから、大丈夫だと思うけど、どこか痛かったり、きつかったりしたら、言ってくれ」
「なんだこれは。軍用の装甲気密服に無人兵器のパーツを着けたみたいな造りだな」
「体を保護しつつ、動きとパワーをアシストするスーパーアーマー……の試作品。うちのメカニック担当の持ちネタを借りてきた。まだ俺専用にチューンするとこまでいってないそうなので、インターフェイスが汎用的で易しいらしい」
「軍用のパワーアシスト付き全身装甲か。ずいぶん軽くてバックパックが小さいが、動力源は?」
「着用者の魔力。機能によっては空気中のマナ、えーっとこの世界で理力に相当する力を取り込んで使うこともできる。使用している間中、強制的に着用者から魔力を吸い上げる仕様なので、これで"魔力を使う"感覚を覚えられると思う」
「……よくわからんが、危険な仕様に聞こえるな。"魔力"というのは、強制的に吸い上げられつづけた場合、枯渇したり、体や精神に不調が出たりはしないのか?」
「減ると、ものすごくだるい。もっと減ると、死にそうな気分になる。そうなる前に言ってくれ。危険なほど減る前に補充する。でもダーリングさんは上手く使えてないだけで、力の総量はかなりあるから、これ使うだけなら枯渇は心配しなくていいよ」
常人だとすぐぶっ倒れるレベルなのでまだ実用化はできないのだという話は、伏せておくことにして、川畑はダーリングの腕の装甲を叩いた。
「似合ってるし、カッコいいよ。テンションあげていこう。気晴らしのレクリエーションだと思えばいい。武器はなんにする?銃?剣?無反動?質量兵器?」
「今、俺に銃を渡すな。うっかり、お前を撃ち殺しそうになる」
川畑はダーリングの脇から一歩下がった。
「では、武器は現地でターゲットを見てから決めよう」
「移動するのか?」
川畑はのどかな草地の先にそそりたつ険しい高峰を指差した。
「あの山頂付近に行く」
ダーリングは山頂をのぞんだ。
「支援の輸送隊や航空機は?サテライトはなしか」
「残念ながら全部自前で何とかしなくちゃいけないので、頑張ろう。広域視野はこのチビ達がサポートしてくれる」
川畑はお利口さんにしている妖精達の頭を撫でた。
「まずは現地に行くまでに、飛行魔法の魔力の流れを覚えようか。できれば多少制御できるところまで進めるといいな。高速飛行は平気だったよね?」
「元宇宙軍の士官だ」
「きっと俺より適正はある。楽勝で覚えるよ」
ダーリングは、装備のせいで少し身長差のできた川畑の顔を見下ろした。
「なに?」
「ずいぶん上機嫌だな。なぜこうも私に魔力とやらを教えようとする?」
川畑は一瞬言葉に詰まって、それからしどろもどろに狼狽し、最後に赤面した。
「その……すまん。俺の時はろくに説明も受けれなくて、ぶっつけ本番とか、実戦で見て覚えろとか言われて、死にそうな目にあって自力で試行錯誤したから……あれ結構辛かったんだ。だからあんたにはちゃんと機会があるときに教えてあげなくちゃと思って。その……迷惑かけちゃってるし、体の方も取り返しのつかないことしちゃったし、多少は責任を取らないとと……でも、なんか同じ立場…って訳じゃないけど、こうやって一緒に肩を並べて戦えそうな人がいると、嬉しくなっちゃって。……ごめん。おっしゃる通り、浮かれてました」
川畑はぼそぼそ白状した後、頭を下げた。
「ええっと、このジェスチャーってちゃんと翻訳されてるかな。謝罪の気持ちを表すポーズです」
ダーリングは、頭を下げたままチラリと彼を見上げた青年を、黙って見下ろした。こうして見ると確かに言っていた通りずいぶん若いのだろう。
「すいませんでした」
川畑は、改めてまっすぐ頭を下げて謝った。
ダーリングは以前から気になっていたことを尋ねた。
「お前、元の世界では学生だったといったな。今も学校には通えているのか?仮住まいに住んでいるということは家や家族はどうした。嫁と言っていた娘は実家に帰ったと言っていたが、それはお前の元の世界なのか?」
ためらいがちにゆっくり頭を上げた川畑は、ぎこちない笑みを浮かべた。
「詮索しない約束では?」
ダーリングは引き下がらなかった。
「1つ教えろ。今のお前の状況をよく把握していて、悩みを相談できたり、困ったときに頼りにできる大人はちゃんと身近にいるか?」
川畑はうつむいたまま、しばらく思案していた。それから彼は、手を伸ばして強化装甲の頭部を開き、ダーリングの顔を直に見かえした。
「……今、作ってる」
ダーリングは眉間のシワを深くした。
「竜退治といったな。詳細を教えろ。事前調査はちゃんとしたんだろうな。時間があるのに、ブリーフィングなしで戦闘に入ろうとするな、バカもの。それから。この装甲のスペックがわかっているなら開示しろ。基本機能はお前が装着して実演して見せろ。教える気があるなら、きっちり教えろ。魔法だろうがなんだろうが習得してやる。わかったか!」
「は、はい!」
あわててダーリングに詳細を説明し始めた川畑の頭と肩から、カップとキャップはそっと降りた。
花の咲く草地で遊びながら、カップとキャップは時折、自分達の主人をこっそり見てはクスクス笑った。




