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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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欲望を喰らう魔女

「うーん。あれもこれもと欲が出てまとまらない」

ダーリングから提示された"提供できる機材リスト"を卓袱台に放り投げ、MMは畳に大の字になった。

「紅茶入れたけど、なんか喰うか?」

「喰う」

MMは魂の堕落を感じながら、厚切りのトーストにバターとたっぷりの蜂蜜を落として、かぶりついた。

「欲しいものを並べると、それはもう新造じゃないかと言うレベルになってだなぁ……迷う」

自分で入れた紅茶の味を自己採点しながら、川畑はMMと妖精達におかわりを注いだ。

「うちの"メカニック"に相談するか」

「あの人かぁ」

MMはオプション装備の実地試験に付き合わされたときのことを思い出した。


紹介された異界の住人は、おとぎ話から抜け出して来たような服装の"魔女"だった。

つばの広い大きな黒いとんがり帽子。黒いローブは襟付きで、胸元が深く切れ混むように開いていた。黒髪の魔女は、不思議な形の大きな杖まで持っていた。


「俺、あの人ちょっと怖いんだけど」

「でも、ヴァレさん、腕は確かだぞ。話も早いし、仕事も早いし……気が向いているときは」

「それなんだよな」

MMはベタベタになった指を舐めて、紅茶を飲み干した。

「グダグダ言ってても仕方がない。頼むか……あ、ごちそうさま」

「ごちそうさま!」

「ごちそうさま!ジャックもちゃんといえるようになってえらいね」

妖精達に顔についた蜂蜜を拭われて赤面しているMMに留守番を頼んで、川畑は"魔女"ヴァレリアを呼びに転移した。




ここを使えと指定された整備ドックは、MMが今までお世話になったことがないような立派な設備のところだった。ダーリングにジャンプ用の座標パターンコードを渡されただけの、どこの星系にあるのかもさっぱりわからない施設で、どうにも軍用か何かの秘密施設っぽさが各所に感じられた。しかし、"何も知ろうとするな"、"何も漏らすな"が使用条件だったので、MM達はその指示通りにおとなしくお世話になることにした。


「ずいぶん大がかりな施設ね」

ヴァレリアは、MMと川畑の間から身を乗り出して、正面モニタに映るドック内を値踏みした。

MMの懇願によって、本日のヴァレリアは基本の魔女ルックではなく、標準的なジャンプスーツ姿だった。長い髪も1つにまとめて三つ編みにしているので、かなり違和感は減少している。といっても、スーツの襟元はやっぱり大きく開いていて、どこか人外じみた妖気は駄々もれのままだった。


「なんとかなりそうですか?」

「任せなさい、と言いたいところだけど、どうかしら?使うエンジン機材周りの予習はあらかた終えたけど、ここのは初めてみるシステムが多そう。んー、覚えるのに3日はかかるかも」

「協力はします。無理はしないでいいですよ」

MMは、川畑とヴァレリアの会話を聞きながら、宇宙艇の整備ドックのシステムを3日で覚えられる訳がないと思った。しかし、ここに来るまでに、エンジン周り知識をヴァレリアが恐ろしい勢いで習得したのは知っていたので、余計なことは言わないことにしておいた。彼はヴァレリアを信用することに決めたのだ。




最初に相談した時、ヴァレリアはMMのあれもこれもな要望と悩みを聞いた後で、彼にこう訪ねた。

「それでさ。あんたはレースで使い尽くす予定の船が欲しいの?レース後も相棒として付き合う船が欲しいの?それとも今の船に愛着があって変えたくないけど性能だけあげたいの?」

「それは……」

MMは自分の中でそれが整理できていないことに気づいた。

タイムフライズ号はずっと使ってきた船だ。確かに愛着はある。まとまった金が入る度に改造してコツコツ性能を上げてきた船なのだ。だが、今、目の前に並べられている部品は、自力では絶対に手が届かないハイスペックな代物ばかりだった。使えるものならあれもこれも全部使ってみたい!

「このチャンスに俺の大事な船を更なるモンスターマシンに大改造して、レースで無傷で圧勝した後は、銀河中をそいつで飛びたい」

ヴァレリアは、ギラギラしたMMの目を見て、ニヤリと笑った。

「"魔女"に頼み事するときのコツをよくわかってるじゃない。そういう魂がむき出しの欲は好きだよ」

ヴァレリアはMMの頭を掴むと、互いの額が付くほど顔を寄せた。

「任せな。あんたの望み引き受けた」

MMは魂が実在するかには懐疑的だったが、このときばかりは、自分の魂を味見されたようで、ヒヤリとした。




整備ドックに到着して3日。

ヴァレリアはドックのシステムと人員を完全に掌握していた。

「姐さん、バラした外殻はどうしますか?」

「後で使うから大事に取っておいて。絶対に洗浄とかしちゃダメよ。私たちが造るのは、ピカピカの新造船じゃなくて、煤けた中古の型落ち船に見えなきゃいけないんだから」

「ロマンですね!わっかりました!」

ドックの作業員は、上官への敬礼をして作業場に戻っていった。

「ヴァレさん。軽食摘まもう。心配した職員さんが届けてくれた」

「ん。じゃぁ、もらうか。坊主も食っとけ」

「いただきます。ちゃんと手が汚れないように配慮されてますね。なんかシート状のもので巻いてある」

「異界の知らん食い物って、これを剥くのかどうか初見ではわからないというのが、醍醐味だな」

ヴァレリアは白い皮に包まれた具だくさんの棒状の何かを咥えたまま、目の前に展開したモニタ群を見つめた。

「何か問題が?」

「船主はどうしてる」

「ジャックは寝に行かせた。あいつは普通に人間だから、ちゃんと寝ないとパフォーマンスが落ちる」

「脆弱で不便だな。まぁ、いい。奴が起きてから事後承諾でも構わんだろう」

ヴァレリアは食いかけの軽食をパックに戻して、モニタを指差した。

「思ったより、こいつとこいつの相性が悪い。このままだとつまらん物しかできない」

ヴァレリアはジャンプスーツのポケットから、魔法の杖を取り出した。川畑は黙って人目避けの結界を張った。

ヴァレリアが大きな杖で床を叩くと、魔方陣が浮かび上がり、空中に宇宙艇のモデル映像が出現した。

ヴァレリアは現在タイムフライズ号に無理やり搭載されている機関を、色分けしながら分解して、川畑に示した。取り換える予定のパーツが現れて、モデルの中で現状部品と場所が入れ替わった。新しい組み合わせで機関が稼働するのが表示されるが、先ほどモニタでヴァレリアが指した場所の効率が悪くて、出力が当初の理論値ほど上がり切らなかった。

「ここのシステムのシミュレーションだと、理論値出てただろ?これ、入力パラメータになに足したんだ?」

「さっき見てきた現物の個性」

「へー……」

「カタログスペック以外の情報量はバカにできないの、お前なら分かるだろう」

川畑は納得した。

「それで、どうする?」

「こっちを別のに取り換える」

タイムフライズ号のモデルの中心部にあった大きな機関が、小型の物に置き換わった。

「ん?それだとパワーが足りないんじゃないか?前に没にしてた奴だろう」

「だから、空いたスペースに私のオリジナルパーツを入れる」

モデル内に、ヴァレリアの目の色と同じエメラルドグリーンのパーツが現れた。

「魔力……じゃなくて理力機関か。オーパーツだなぁ」

「どうせ表沙汰にはできない船になるんだ。自重して平凡になるくらいなら、魔改造したほうがいいだろう」

MMやダーリングが聞いたら悲鳴をあげるような意見をさらりと吐いて、ヴァレリアは空中のモデルを指差した。

「それにこの部分にこれだけスペースの余裕ができたら、船室が作れるぞ」

ヴァレリアは川畑の顔を見て目を細めた。

「レース開催地には私も一緒に行くんだろ?あのスペースで3人乗ってきたって言うのは偽装に無理があるんじゃないのか?」

「あ、来てくれるんだ」

「レースってのは最後まで調整が必要なもんだろ。面倒見るに決まってる」

「ありがとうございます」

川畑は、ちょっと怖いこの魔女に協力を頼んでよかったと思った。

当然、レースのサポートスタッフ用の船は別に手配してあるのだが、それはそれとして、船室があると便利なので、川畑はヴァレリアの案に乗っかった。


「それでだな」

ヴァレリアは軽食の残りを食べながら、魔方陣を叩いて空中の宇宙艇モデル図を消した。

「新作の部品を造るために、材料を調達して欲しいんだ」

「わかった。リストをくれ。ダーリングさんに連絡する」

「いやいや、大概はここのドックにあるもので間に合うから。それより、坊主には獲ってきてもらいたいものがあってね」

ヴァレリアは別の魔方陣を出現させた。

蜻蛉(ドラゴンフライ)(ドラゴン)の羽。できればクリスタル種がいいけど、ウィンド系なら許容範囲」

ヴァレリアの隣に現れた蜻蛉竜とやらの姿は、この世界の法則で生育しているとはとても思えなかった。

「これ、どこに住んでるんですか?」

「どっかの世界のなんか高い山の上。詳しくは賢者(あいつ)に聞け」

「期限は?」

「なる早。狩ったらすぐ私を現場に連れていけ。解体して必要な部分を取り分ける」

「わかった。行ってくる」

川畑は、カップとキャップを呼び戻すと、魔女のお使いクエストに出発した。

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