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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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会議室に家庭の話は持ち込むな

依頼人はMMと川畑をノイオティッグにある貸し会議室に呼び出した。


ノイオティッグは銀河連邦の政治と経済の中心だった。

「銀河最大の雑居ビル」と揶揄されるそこは、小惑星を中心に建造された巨大な宇宙都市だ。ありとあらゆる星系政府、連邦の公的機関、社会団体、および企業の出先機関が、詰め込まれた都市は、1つになりたくないが連携せざるを得ないジレンマを圧縮した魔窟だった。


指定されたポートにいって、予約コードを提示すると、2人乗りの自動運転モービルが現れた。

「窓はないんだ」

「ここに観るものなんてないし、見られたくない奴が多いからな」

MMと川畑はモービルのシートに並んで座った。


もともとノイオティッグは"各主要星系からの距離がちょうどいい"というだけで選ばれたなんの取り柄もない未開発星系で、パッとしない主星のまわりに多少の小惑星と小さめのガス惑星があっただけだった。その無価値な場所の無価値な小惑星に、ライフラインと情報の両方の意味で、安全性と独立性だけにこだわったモジュールを並べて、宇宙船を係留できる巨大なポートを併設したのが、当時の宇宙開発事業団の一部長だという。彼は自分の上司と銀河連邦政府高官を説き伏せて、各モジュールに関連主要部門の駐在員を入居させた。目的は秘匿回線を確保した上での会談場所の確保と、それによる組織間の情報の横通しである。当初"世界の果てへの島流し"扱いだったこの地だったが、発案者を含む初期メンバーが、独立愚連隊的な結束をみせて、成果をあげたため、正式に銀河連邦によって発展的に開発された。


以後、連邦の拡大とともに、拡張と改装を重ねて、ノイオティッグは中心となる小惑星が全く見えない巨大な都市となった。官僚と社畜を、情報セキュリティが確保できる限界で、最高効率で詰め込んだノイオティッグは、居住者はいるが"家庭"がない、生活臭のない都市だった。


「都市と言うよりは、大きなオフィスビルか無窓鶏舎って感じだ」

「無窓鶏舎ってなんだ?」

「窓のない食用鶏の飼育施設」

「食肉工場に窓があったら衛生上まずいだろう」

「俺、ジャックと会話してると、ときどき無性に楽しい」

「お前の感性がわからない」


連れていかれた先で、また案内パネルにコードを提示する。MMは、案内パネル脇のラックから、座面の小さなスツールっぽい物を2つ外した。

「歩くと面倒だからこれでいこう」

川畑は見よう見まねで、座面の高さを調節し、座ってみた。どうやら個人用の簡易モービルらしい。MMが予約コードをスツールモドキの小さなパネルに入力すると、スツールモドキは自動的に通路を選択して、彼らを運んでくれた。

「工場の自動配送車に乗った部品になった気分」

「ノイオティッグの貸し会議室は、似たような通路が入り組んでる巨大迷路だから。歩いて迷うのは時間の無駄だ」

やがてスツールモドキは1つの扉の前で止まった。


予約コードで解錠して入った会議室は無人だった。狭い部屋の壁に"音声のみ"の表示が出た。

"「ちゃんと来たな。机の上のフェースシールドを着用してくれ。もう一段機密の高い部屋に案内する。バイザーの表示に従え。移動はこの部屋に置いてあるティールを使うように。レンタルのティールは置いていっていい」"

MMと川畑はクライアントの指示に従って、スツールモドキ(ティール)を乗り換えて次の部屋に向かった。


「ご苦労、座ってくれ」

「なんだ。あんたがクライアントかよ」

さっきよりは多少広い部屋で、MMは肩を落とした。

「お久しぶりです。エザキ捜査官」

川畑が一礼すると、エザキはわずかに顔をしかめた。

「さっそくだが仕事の話をしよう」

「待て。その前に、前回の仕事分の料金の支払いがまだだぞ。どうなってる!金払いが悪いようなら、今回の仕事は受けない」

事務的に話を進めようとしたエザキにMMは噛みついた。

「ああ、それは前回の仕事がまだ完了していないからだ」

「は?」

「契約書をよく読め。完了報告もせずにどさくさ紛れに姿をくらましたくせになにいってやがる」

「なにバカなことを、完了報告が必要だなんって、契約書にそんなこと書いてなかったぞ」

「あー、ジャック、あれだ。あの汚い手書きの奴。あれの最後に書いてある」

川畑はMMの視界にエザキの手書きの契約書を表示した。

「ウソだろ!こんなの読めねーよ」

「俺も気づいてなかった。すまん」

MMと川畑は仕方がないので、おとなしくエザキの話を聴くことにした。




「ルルドの王室の遺産?」

「ああ。オクシタニ戦役でルルドの王族は散り散りになって、その遺産も多くが散逸したんだ」

「地方惑星の王室の遺産なんて屑じゃないのか?貴金属や装飾品は、星系外に持ち出してもたいして利益はでないし、多少の文化遺産も出所が怪しくちゃ売りに出せない。ノイオティッグの会議室でわざわざ話さなきゃならない話とは思えないな」

「普通ならな。今回、入手したいのはこれだ」

エザキはケースの中から、杯のような形の骨董品を取り出した。

「入手したいって、もうあるじゃん」

MMは杯を持って、しげしげと眺めた。

「それはレプリカだ」

「あ、なーるほど」

MMは杯を机上に戻した。

「本物は"ルルドの泉"または"聖杯"と呼ばれる文化遺産で、ルルド人にとっては非常に重要な宗教的意味がある品らしい」

「へー」

反応の薄いMMに、エザキはややイラついた眼差しを向けた。

「宇宙住まいの自由民には理解しにくいだろうが、星系によっては、奇妙なものに民族的アイデンティティを見いだしてるところもあるんだよ」

「それで、鑑定士でも学者でもバイヤーでもない俺達に、何を頼むつもりだ?入手後の輸送か?急ぎでないなら保安局の船の方が安全そうだけど」

MMは椅子の背にもたれて腕を組んだ。明らかに乗り気でない態度だ。

エザキは苦笑したが、悪事に誘う顔で机に肘をついた。

「お前、銀河最速なんだって?宇宙艇のレースの経験は?」

「それがどう繋がるんだ?」

MMは身を乗り出した。




「不確実で胡散臭い話だなぁ」

「お前らにぴったりだろう」

MMは椅子にふんぞり返ると、机の上に足を乗せた。

「ジャック、よくこの低重力でそんな器用なことできるな。体浮かないか?」

「だーってろ、ロイ」

MMは目を細めて、机の向かい側のエザキを見た。

「OK。その文化遺産の入手に、レースで勝つ必要があることはわかったよ。レースのレギュレーションを教えてくれ」


エザキは会議室のモニタに、レースの仕様を表示した。

「船は地表から宇宙まで航行できるならいい。ほぼ無制限だが、もちろんコースを航行できないと失格になる」

「コースは?」

「ガス惑星の衛星を回る。チェックポイントのマーカーの間を通って行くタイプだ。マーカー位置の詳細は当日まで秘密だ。というか各チームの妨害工作で当日変わることもあるらしい」

「なんだそりゃ」

「裏社会の大物が主催する賭けレースだからな。卑怯も汚いも戦略のうちだよ。ただし小細工しにいって殺されても文句はいえん。何でもありとはいえ、大金が動くから、コース周りの警備は厳重だ。変なことは考えないほうがいいぞ」

「悪党どものバトルロイヤルに正攻法で臨めって?」

「そのために銀河最速に依頼するんだ。スピードでねじ伏せろ」

エザキはMMの隣でおとなしく座っている川畑をちらりと見た。

「とんでもないインチキ手札(ジョーカー)は持ってるんだ。必ず勝て」

モニタをにらんでいたMMは、低い声で呟いた。

「今のままの船の状態じゃきつい。一度徹底的なメンテナンスとレース仕様への調整がいる。時間と資金は?」

「レースの開催日はおそらくこの辺り。まだ多少の時間はある。資金はある程度融通できるが保安局のドックは使わないでくれ。うちと繋がりがあるとばれると、レースの出場自体ができなくなる」

「おっさんへの連絡は?」

「基本的に禁止だ。すべてを手に入れたときに報告してくれ」

「失敗したときは?」

エザキは片眉を器用に上げた。

「死人に報告しろなんて無茶は、さすがに言わんよ」

MMは顔をしかめた。


「ロイ、お前はおりてもいいぞ。厳密には保安局との契約に縛られてるのは俺だけのはずだ。お前結構育ちいいんだろ。未成年(お子様)がこんな厄ネタに首突っ込むな」

「未成年?誰が?」

エザキがMMと川畑を二度見した。

「あー、俺、実は17歳か18歳ぐらいです」

「はぁっ!?見えねぇ!」

「よく言われます」

「出身星系または主権政府の基準では成人してるのか?」

「ぎりぎり権利のはざかい期です」

「保護者は誰だ」

「いません。今の法的雇用主は彼です」

「待てよ?エチゴのチリメン問屋はどうなった?身分証は?」

「あっはっは。通用するので使ってますよ」

エザキは渋い顔をしてMMを見た。

「お前、身元保証人になれ。保安局は保護者または身元保証人の同意なしに未成年を雇用できない」

「こいつの"身元"を"保証"しろって言うのか?正気かあんた?」

そもそも、来るなと言ってる俺に、参加させるための保証をしろと言うのは筋違いだと、MMは怒った。

なんだかんだいって、この二人はわりと善人だよな、と川畑は思った。


「ジャック、あんたは一流(エース)だけど優勝者(キング)になるには、切り札(ジョーカー)も必要だろう?」

川畑は隣のMMをちらりと見た。

仏頂面のMMはこちらを見ようともしない。

「俺にコパイをやらせてくれよ。あんたの隣であんたが勝つところを見たい」

まだ足りない。もうひとおし。

「どんな妨害があっても、全力で守るよ」

これは違ったらしい。

「敵地にいる間のあんたの飲食物は、全部、俺が責任もって提供する!」

MMの心が動いたのを見てとって、得意気にドンと胸を叩いた川畑を見て、MMは長々とため息をついた。

「これでお前がついてくるのを許したら、俺、クズだぜ?」

「あれ?そうか?」

何か路線を間違えたらしいと考えた川畑は、違う手を打った。

「じゃぁ、別に身元保証人を立てて、参加するよ。それならいいだろう?俺に何かあってももともと自己責任だし、保安局的には責任者はあんたじゃなくなるから迷惑もかけない」

「そういうことじゃねーよ!」

川畑に詰め寄るMMを見ながら、エザキは眉をひそめた。

「他の身元保証人って?」




「都合の良い時だけ一方的に私を呼び出すな!!」

いきなり連れてこられたアストラル・ダーリング元船長は吠えた。

「お元気そうで何よりです。自分みたいなのの身元を保証してくれる奇特な方が外に思い付かなくて」

「事情通ならもう一人いるだろう!」

「ウサギ先生の連絡先を知らないんだ。ゲーム仲間にリアルの問題をふるのはマナー違反だし」

「お前の私に対するマナーに関する考え方を、ぜひ問いただしたい」

ナイトウェア姿のダーリングは枕を抱えたまま、据わった目で川畑を睨み付けた。エザキは、この空中から突然、人が現れる現象はやっぱりグレムリン(こいつ)のせいだったのかと気が遠くなる思いだった。


「とりあえず、俺がやらかしたことの全責任は、今のところダーリングさんにとっていただいているので、今回の分も追加でお願いします」

「待て、待て、待て!今回ってなんだ!?今度は何に首を突っ込んでいる?」


事情説明を受けたダーリングは、ルルド王室の遺産と聴いてうめいた。

「続きと言えば、続きだ……」

「成果は還元しますので、一つよろしくお願いします」

ダーリングは歯を食い縛って、顔を上げた。

「宇宙艇レースといったな?うちが全面協力してやる。ぜっったいに勝て」

「うちって、銀河海運?連邦宇宙軍?それとも連邦政府?あんたの今の所属はなんだ?」

「どれもこれもプラスアルファだ!」

それは可哀想に!

全員の同情の眼差しがダーリングに注がれた。




私が責任者になるからには、グレムリン(こいつ)を単独でパイロットにしてもいい。

ダーリングが強権を発動するに及んで、MMは折れた。

「俺がパイロットだ。それは譲れない」

「俺もジャックが降ろされるなら、この仕事は受けない」

ダーリングは疑わしそうにMMを見た。

「お前、こいつの事情をどれぐらい知ってる?」

「おそらくあんた以上に知ってるよ」

「そうとは思えんが……」

川畑はMMをフォローした。

「こいつには結構いろいろ話してる。今は俺の仮住まいで一緒に寝泊まりしてるしな」

「お前、嫁は何にも言わないのか」

「のりこは実家に帰ってる」

ダーリングはひどく疑わしそうにMMを見た。

「お前……」

「こいつの嫁が実家に帰ったのは、俺のせいじゃねーよ!」

年長者二人に微妙な顔で見つめられ、川畑は1つ咳払いした。

「別に俺、嫁に逃げられた訳じゃないから……仕事の話、しようぜ?」


全員で詳細な打ち合わせに入った。

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― 新着の感想 ―
[一言] パジャマ姿のダーリングさん!見たい!この目で見たい! この後の会話もその姿で行われているのかと思うと…
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