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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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空のない街に黒い雨は降らない

前章と同じ世界が舞台です。

「空きチャンネルに合わせたTVの色の空って、どんな色なんだろうな」

建物の隙間からわずかに覗く空を見上げながら、川畑は呟いた。

「さあな。TVってなんだ?」

「ネットワークモニタやビューパネルみたいな奴。娯楽映像専門の投影装置」

「じゃぁ、デスクか壁の色か、パネル自体の塗装の色じゃね?」

任意の娯楽性(おもしろみ)のない人為的な色か」

「この街で、空なんか見る奴はいないよ」

MMは肩をすくめた。


ナビスは繁栄と混沌が同居する街だ。最新鋭のクールなビル群が天をつく足下で、薄暗いやからがとぐろを巻いている。

「ナビスには空がないとチエコは言った」

「誰だ?チエコ」

「知らん人だ。本当の空が見たかったらしい」

「ナビスの空は普通に本物だろう。大気圏外都市はもちろん、大気圏内でも惑星環境がひどいところはドーム都市や地下都市で空は見えないぞ」

「なるほど。そう考えると、青空ってそれだけで結構、贅沢なんだな」

「標準大気以外は偽物呼ばわりする中央政府の富豪かよ。標準化惑星改造(テラフォーミング)って金かかるらしいぞ」

「金かければできるってのが凄い」

俺には一生縁のない話だと笑って、MMは雑多に軒を連ねる屋台を指差した。

「メシ、ここで済ませるか」




安っぽい広告灯の明かりだけが落ちる薄暗がりで、追っ手の足音と、自分の切れ切れの呼吸音がうるさく響く。ステラは、星外居住者用のバーや、安い棺桶(コフィン)ホテルが並ぶ路地を走り抜けた。

この先の大通りに出れば、雑踏に紛れ込めるかもしれないが、人並みに足を止められて、追っ手に捕まる可能性も高い。ボロ布を被ったステラの頭頂部にある白い副耳が、1つ先の脇道の足音を拾った。

ステラは一か八か、角を曲がった。


「くそっ、ちょこまかと逃げやがって」

男達はク・メール人を追って、脇道に入った。ちょうど向こうから歩いてきた二人連れが、殺気だった男達を見て足を止めた。

「どけっ!」

銃で威嚇しながら、にやけたチンピラ風の男を突き飛ばそうとした瞬間、視界がぐるりと回って、気が付くと男は地面に転がっていた。

「なんだ、てめぇ!」

「やる気か!?」

残りの二人が息巻くと、若い男はあわてて首をふった。

「いや、武器は止めよう。危険だから」

「おちょくってやがんのか、ぉらぁ!」

男の一人がつきだしたナイフが、チンピラ風の若い男の前で、ピタリと止まった。ナイフを持つ手の手首を握っていたのは、チンピラの連れの大男だった。大男は、抵抗をものともせずに手首を捻り上げ、ナイフの刃をじっと見つめた。

「高周波ブレード?すげぇ、電脳極道(サイバーヤクザ)だ」

大男は、チンピラよりもさらに若そうだったが、恐ろしい力でナイフを持った男を片手で吊り上げると、ナイフを取り上げて、男のナイフホルダーにしまった。

「カタギと刃傷沙汰は極道の名折れだろ。やめとこうぜ」

ドスのきいた声でそういうと、大男は吊り上げていた男を投げた。

「この野郎、殺してやる!」

「やめとけ!今はコイツらに構っている場合じゃねぇ」

最初に地面に転がされた男が、仲間を怒鳴り付けた。

「ちくしょう、覚えてやがれ」

「今日のところは見逃してやる」

男達は捨て台詞を残して脇道の奥に走り去った。


「いやぁ、いいもの見たな。あんなに見事な古典的定型文のゴロツキと、胡散臭い路地裏で遭遇とは。ジャック、ひょっとしてここ、テーマパークで彼らキャストか?様式美に忠実すぎて、俺の琴線にすっげぇ刺さる。屋台の麺も旨かったし」

「お前の感性がわからない」

MMは深々とため息をついた。

「とにかく人死にがでなくて良かった。早く船に戻ろう。地元の組織の構成員ともめて、ぐずぐずしてるとろくなことがないからな。さっさとずらかろう」

その場を立ち去ろうとしたMMのジャケットの袖を、川畑は引っ張った。

「なぁ、最初にうっかりゴミ箱に投げ込んじゃった奴はどうする?気絶してるみたいだけど」

「えー、かかわり合いになるの面倒だから、ほっとこうぜ」

『ジャック、コレおんなのこだよ』

『ますたー、オンナノコにはやさしくしないとダメだよ』

ゴミ箱を覗き込んでいた妖精達の言葉に、MMと川畑は顔を見合わせた。




屋上のマルチポートに降り立ったエザキ捜査官は、ピカピカなのにどこか猥雑な摩天楼を見下ろした。

「おーおー、さすが悪徳の都ナビスの保安局支部。風当たりが強いぜ」

屋上を吹き抜ける風は爛熟した匂いを含んでいた。


「これが"ステラ"。無認可で製造された違法アポストロフィです。現地時間で10日前に地元警察に保護されました」

ナビスの保安局員は、ク・メール人のポートレートを提示した。白い毛並みが可愛らしい若い娘だ。

「ここならクローンの密売ぐらい日常では?」

エザキは、ローカルな犯罪組織は専門外なので、詳しくなかったが、ナビスといえば、政府にまでがっちり食い込んだ組織が仕切っていたはずだ。違法と脱法と合法が地続きの街で起きた犯罪は、ローカルで閉じている分には、銀河連邦保安局はあまり口を出さない。

「保護された経緯に不自然な点があったので、調査した結果、うち預かりになりました」

「不自然な点とは?」

「地元警察の支部の待ち合いベンチに寝かされていたんですが、誰も彼女がそこに入ってきたのに気付かなかったそうなんです」

「地方警察の支部なら不思議じゃないだろう」

「ええ、それがこの部屋より狭いところで、当直二人がすぐ目の前にいたというのでなければ」

「サボってたんだろう。酒でも飲んでたとか」

「監視映像にも残ってないんです。対象が出現する前後で、機器が軒並み不調を起こして映像が残ってない」

「それは……」

「支部周辺の街路の分もおかしくてね。支部に出入りした人間が誰も写っていない」

「……」

エザキは、似たような現象に覚えがあった。ただし、"グレムリン"の話はこの程度の支部で口に出すわけにはいかない。

「経年劣化がたまたま重なった偶然か……対立組織か組織内部に顔を出したくない協力者がいたんじゃないか」

「うちではその線で追ってます」


「対象の証言によれば、店から逃げたとき、路地で二人連れにぶつかりそうになって、気がついたら警察にいたんだそうで」

「ずいぶんあやふやな話だな」

「ね?ク・メール人が路地で人にぶつかるなんてあり得ないでしょう?ク・メールなら暗闇でも人の気配を音で察知して避けるもんです」

「このアポストロフィ、聴覚異常でもあるのか」

「体に異常はありません。角を曲がるまで、二人連れの片方の存在に気がつかなかったそうです。足音が1名分しかなかったと」

「そんなバカな」

「一人しかいないと思って脇を抜けようとしたところ、二人目がいたので驚いたと言っていました」

「現場付近の監視映像は?」

「地龍区です。あそこにカメラはありません」

「あー……不自然な点については承知した。それでは本題を聞こうか」

「はい。対象に不自然な経緯があるため、記憶解析を行いました。スクリーニングの結果がこちらです」

「記憶解析って、そうホイホイしていい手段じゃないだろうに」

エザキは資料に目を通しながら、顔をしかめた。

「まぁ、対象が違法アポストロフィですから。捜査官殿は意外と人情派ですか?」

「そういうわけじゃねぇけどよ。ここがナビスだって実感したわ」

エザキは資料の中程をチェックした。記されているのは"店"で"ステラ"が見聞きした客達の会話だ。こういうことが技術的に可能なせいで、裏の人間が集まる店の接待係は店から出ることはなく、たいていそのまま処分される。

内容は非人道的な話のオンパレードだったが、ローカル組織の星系内犯罪が大半だった。胸糞悪いが、エザキが関わる話ではない。無駄の塊を投げて寄越したところに、地元支部の広域特捜に対する悪意を感じる。

エザキは99%の不要な情報を読み飛ばした。

「コレか」

「はい。ただし非常に断片的な情報なので、コレだけでは捜査令状は出せません」

「アポストロフィの記憶解析結果ってのがそもそも証拠能力ねーよ」

「確かに」


エザキは、宇宙開発事業団偵察局局長から、結論だけ聴いていた話の裏を取り終えると、席を立った。

「(これで帰ったら、わざわざここまで来た甲斐がないか)」

窓のない会談室を出て、窓の外の銀色と黒の高層ビルを眺める。保安局支部の目の前が、裏組織の幹部がオーナーの財源用のカバー企業本社ってのが、いかにもナビスらしい。

「捜査官殿はこの後すぐお発ちになりますか?よろしければ会食場とホテルにご案内します。それともどこか行ってみたいところがありますか?ナビスの思い出に」

「そうだな。それなら1つ、女の子の居るところにでも、案内してもらうとするか」

日頃は一人でやっているので、たまには地方支部の世話になるのもいいかもしれないとエザキは思った。




「いやぁ、昨夜は世話になったな」

エザキは機嫌よく、押収した資料をケースに詰め込んだ。

「報告書は俺の分は入力済みだから、あとはそっちで仕上げてくれ。始末書は2、3枚書いといたけど、足らなかったら後で本部に連絡してくれ。定型文で何枚かストックしてあるから場所と日付入れりゃすぐに提出できる」

ナビスの保安局員は顔をひきつらせた。

「じゃぁ、例のアポストロフィのオリジナルの女の子は証人として連れていくから」

エザキはケースをロックして席を立った。

「"店"のオーナー含め君が見せてくれた資料の案件の関係者は、悪質な上の方一通りは掃除しておいたけど、こういうところってすぐに後釜が現れるから、シャッフルした今のうちに手札仕込んどけよ」

ニヤリと笑ったエザキの後ろで、傾いていた銀色と黒のビルが崩れ落ちた。

「あ」

開いた口が開いたままの保安局員を残して、エザキはとっととナビスを後にした。

悪徳の都ナビス編完

ヘヴィでクールなサイバーパンクはやりません。

本章もスペオペ?でお送りさせていただきます。

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