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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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地球へ

MMが船外活動から戻ってくると、元気な妖精の声で迎えられた。

「おかえりー!」

「た、ただいま……」

言い慣れない挨拶を口ごもりながら、宇宙艇内を見ると、コパイロットシートに見慣れた青年がいた。


「よう。あっちは終わったぞ」

そういった彼は、一人の女の子を膝の上に抱えていた。

「その子、ノリコっていったっけ?どうした、意識がないのか?」

まとわりつく妖精に戸惑いながら、MMは心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫、寝てるだけだ。体質みたいなもんでな。あと数時間は目を覚まさない」

「そうか。無事ならいいんだ。それで、お前が嫁を抱えてここに来たってことは、ひょっとして船は……」

嫌な想像で顔を曇らせたMMを見上げて、川畑はあっさり答えた。

「無事だよ」

「ますたー、あれは"ぶじ"じゃないよ」

「あー、うん。ちょっと切っちゃったかな……」

「キレイにまっぷたつ」

目を泳がせた川畑を、MMは半目で見下ろした。


「そのう……後ろ半分だけ送って、前半分は救難信号で来てくれた人達にまかせてきたんだ」

「前半分って、貨物と客室区画か?」

「ああ、後ろってのは、要するに後部艦橋と機関部」

「ヤバイところだけ切り取ったのか。ルルド人達は?」

「艦長がうまくやってれば、後ろにいたままのはずだ」

「送ったって……"穴"でか?」

「後ろ半分なら、花弁たためば、断面はアレと同じくらいの径だから、なんとかなった」

川畑は正面モニタに映った元彗星核を指した。


「まさか、太陽系へ?」

川畑は素直にうなずいた。

「さっきアレをここに持ってきたあとに、あんたが連れていってくれた座標に転移させた。あそこなら他の船の航路から外れていて、事前に許可なくジャンプアウトしても安全なんだろう?」

MMは何かうまく飲み込めないといった様子で、首をかしげた。


「1コ聞いていいかな?」

「なんだ?」

「今、ブルーロータスの艦橋も機関部も太陽系だ」

「そうだ」

「それは君らがここに来るより前?後?」

「前だ。後ろ半分を送ってから、客室にいた彼女を連れてきた」

MMは首を逆サイドに倒した。

「ひょっとして、この転移現象って、ブルーロータスのシステムとは無関係にお前が個人で実行してる?」

「質問は1コだけにしておこうか」

やんわり断った川畑を妖精達は非難した。

「ますたー、このおにいさんには、いろいろおしえないの?」

「なかまはずれはかわいそうだよ」

川畑は妖精達の頭を撫でた。

「このお兄さんは、まだギリギリ一般人だから、話さない方がいいんだよ。問答無用で一蓮托生はかえって可哀想だろ」

MMはこめかみをもんだ。


「わかったよ。聞いた俺が悪かった。そっちの事情は詳しく教えないでくれ。……ところでこれ、俺がすでに知っちゃった範囲でも、口止め料とかもらっていい話なんじゃないか?」

「そうだなぁ。今回のことを後で誰かに話したりしないって約束してくれるなら、ソレをもっと集めて船に載せてやってもいいぞ」

川畑はMMが外に行って1つ採ってきた重金属のインゴットを指差した。MMは少しばつが悪そうにインゴットを壁の収納棚にしまった。

「若い恒星系か、小惑星帯や小さな衛星の都市に持っていきゃ、高く売れるんじゃないか?加工しやすくて電気電導率のいい重金属なんだから」

「うーん。たしかにそうなんだが、あまり大量にあっても、税関が面倒だし、裏ルートは足元みられて手数料がバカにならないし、輸送の手間の割には美味しくないかなぁ」

俺の船ぐらいの規模だと相当付加価値の高い積み荷じゃないとペイしない、とMMは少し自慢げに嘆いてみせた。


「そうか。それなら……この船のチャーター代っていくらくらいだ?」

川畑はノリコの身体を大切に抱えたまま、尋ねた。

「俺達、新婚旅行で地球に行く途中なんだ」

MMはあきれた顔で、お呼びじゃないと手を降った。

「こちとら、このサイズなのに単独で恒星間ジャンプまでする銀河最速の高速艇だぞ。そこいらの観光客向けの遊覧クルーザーみたいな価格とは桁がちがうし、それなのに乗り心地は最悪だ。新婚旅行で貸し切るような船じゃねーよ」

「乗り心地は自力で解決できる。太陽系の見所を巡って地球まで。いくらだ?」

MMはいらっとして、高額を吹っ掛けた。

「それプラス宙港使用料は時価。立ち寄り先の宿泊費は俺の分も出せ」

「妥当だな。昼食も?」

「いやそこまでは。船内での食事は経費に入ってる。携帯食(レーション)だけど」

無料の昼食はない(タンスターフル)……」

川畑は感慨深くこの手の世界のお約束を噛み締めた。

「ひょっとして泥水みたいな代用コーヒーって飲める?」

「うちは軍艦じゃないからそんな上等なもの出ないよ」

「しまった。ブルーロータスのブリーフィングルームでコーヒー貰っときゃよかった」

「銀河海運の豪華客船なら代用じゃなくて本物積んでるんじゃないか?」

MMは怪訝そうに首をひねった。


「まぁいいや。諸々含めて了解した。そんじゃ口止め料込みでざっくり端数繰り上げてこんなもんでいいか。個人端末経由の振り込みでいいよな」

川畑はカジノで稼いだあぶく銭で、一括前払いした。

「ぶふぉっ」

自分の口座残額が久しぶりに正の値を取ったのを見て、MMは噴いた。

「お前、正気か!?」

「足りなきゃ、請求してくれ。正直、金銭感覚がない。普通に地元の市場で買い物とか、やってみても面白そうだな。火星辺りにバザールがあったら寄ってくれ」

「俺が知ってるのは、アステロイドの闇市ぐらいだよ。重力井戸の底にはできるだけ降りないから」

「いいね。闇市でコレ売るのも楽しいかも」

川畑が立てた人差し指の上に、重金属のインゴットが現れ、緩やかに回転しながらキラキラと金色に輝いた。

「そういえば、お前にとっては税関もへったくれも無意味なんだっけ」

MMはがくりと頭を垂れた。




わずかなまどろみの後で、ノリコは目を覚ました。

「おはよう」

ゼロ距離で声をかけられて、ノリコは飛び起きた。浮き上がりそうになった身体を後ろから抱きすくめられて、心臓が口からでそうな気分になる。

「狭いから気をつけて」

「うひゃ、は、はい。ここどこ?」

川畑は膝の上にのせたノリコを抱え直すと、正面のモニタを指差した。

「木星だよ」

モニタには太陽系最大の非岩石型惑星(ガスジャイアント)の雄大な姿が映し出されていた。

「これからエウロパに向かう」

「……エウロパ?」

「木星の衛星の1つだ。外惑星随一のリゾートホテルがあるんだってさ。ほら見えてきた」

ノリコはモニタをぼんやり眺めた。

「なんだかよく分からないけど……もう全部解決したの?」


川畑は、こっそりダーリングに聞いてみた。

「もう解決した?」

「あっ!てめぇ、まだリンク繋がってるのか。ふざけんな!どこにいるんだ。すぐこっちにこい」

「お疲れ様です。後のことはおまかせしますので、よろしくお願いいたします。……せめてものお詫びに、ルルド語通訳だけは続けとくので活用してくれ」

よほど大変な目に遭っているのか、すっかりがらが悪くなっているダーリングの罵詈雑言をシャットアウトして、川畑はノリコに微笑んだ。


「あとは頼りになる偉い人たちが何とかしてくれるってさ。もう俺達にできることはないよ」

「そう。よかった」

ノリコは安心したかったが、落ち着くに落ち着けない体勢で抱き込まれたままだったので、ギクシャクとうなずいた。

「だから、ちょっと船は変わっちゃったけど、俺達はのんびり旅行の続きをしよう」

「続き……」

ノリコはそこでようやく、寝る前に自分が口走ったことを思い出した。彼女は真っ赤になって川畑の顔を見た。彼もまたノリコの反応で同じ事を思い出したらしくみるみるうちに耳まで赤くなった。

ノリコは助けを求めるように辺りを見回した。真横のシートにいたパイロットの人は、バイザーが真っ黒なヘルメットを被ったまま、腕を組んで寝ていた。正面モニタには木星とエウロパが映っていた。

「あの……その……」

彼女は川畑の胸にそっともたれかかり、彼の顔を見上げて、小さくささやいた。


「月が綺麗ですね」


約束を果たす時間は十分にあった。

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― 新着の感想 ―
報酬系の話も辻褄あわせてくれるところ好きー
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