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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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ここだけの話

「このままだと地球に着けない?」

別室に移って内々の相談を始めたとたんに、出た結論がそれだった。


「法律的にはもちろん、政治・軍事的にも人道的にも、単なるゴシップとしても、ややこしい問題てんこ盛りの満艦飾だもの。まともに現状を説明して許可を申請したら、ことなかれ主義で、安全第一な太陽系政府が受け入れるはずがないよ」

ウサギ先生こと、クリスティーヌ・フェルベール女史の意見に、一同は唸った。

「チャンネルDオープン」

「はいはい」

「この部屋の会話を秘匿頼む」

「いいですよ。どうぞ」

視線1つ動かさずに、帽子の男と小声で会話したダーリングを見て、クリスティーヌは「あら」と声を上げた。

「ひょっとして、そちら異界の方?」

ダーリングは涼しい顔で「何のことでしょう?」と返した。

クリスティーヌは、できのいい子供を誉める教師のように、優しく微笑んだ。

「とっさに慌てないのは合格。でも、返事が少し早すぎるわね。"異界"なんて単語を使われたら、何を言ってるんだこいつは、って反応を多少混ぜないと不自然よ。で、あなたはどなた?」

冷や汗をかくダーリングの後ろで、帽子の男はにこやかにお辞儀をした。

「はじめまして、こんにちは。わたくし、時空監査局の"Rがつかない"ダニールです。どうぞ"デンちゃん"と親しみを込めて呼んでください」

「"D"だ。先生、こいつのことは気にしなくてもいいので、話を進めてくれ」

「まぁ。時空監査局ねぇ。話に聞いたことはあるけれど、実際に接触したのは初めてだわ。こんな感じなのね」

老婦人は感心したように、半透明の男を眺めた。

「こいつを標準で考えると多分、普通の監査局員が怒ると思うぞ」

「ひどい。私以外の局員にあったことないくせに」

文句を言う帽子の男を無視して、川畑はクリスティーヌに告げた。

「時空監査局を知っているなら話は早い。監査局は現在、この世界に介入してる。詳しいことは知らされていないが、このブルーロータスが地球に着けないと、この世界の発展とバランスに悪い影響が出るらしい。そうだな、D」

「はい。そのためなら、少々のルール違反は目をつぶると言われました」

「少々?」

「ルール違反……」

ダーリングとクリスティーヌは、川畑と帽子の男を見てしばし沈黙した。

「通常は私達が見るべきではない現象を見て、聞くべきではないレベルの話をされているのは理解したわ」

クリスティーヌはため息をついた。




「という訳で、俺達はどうしてもブルーロータスを地球に連れていきたい」

「だとすれば、このまま知らぬ存ぜぬで転移するしかない」

「いいの?ここでそんな判断をしたら、貴方の経歴、回復不能な評価になるわよ」

クリスティーヌの批判的な視線を、ダーリングは正面から受け止めて、力強くうなずいた。

「かまわない。自己保身よりも優先すべきことが世の中にはある」

クリスティーヌは困ったように笑みを浮かべた。

「そんな顔で見つめられると、こんなおばあさんでも照れちゃうわね」

「大丈夫。その男、時空監査局からスカウトされるらしいんで、この世界のキャリアとか多分どうなっても生きていけます」

「ちょっと、それ人事秘ですよ。さすがにこんなところでばらすのはまずいです」

「あなた達、本当にお口ユルユルね」

情報戦のエキスパートは信じられないほどのバカを見る目で、二人を見た。




「多分、世界の分岐に関わっているのは、ルルド関係の和平会談の成否とそれに伴うフォース制御技術の発展と拡散だ」

川畑は自分の推論をダーリングとクリスティーヌに説明した。


現在、この世界でのフォース制御技術はルルド人の技術者に基幹技術と基本理論を握られている。

これはルルド人が使う言語が、単純な基礎単語以外の表現を、音声ではなく、理力で近接する相手に伝える言語であるために、彼らが理力を理解する能力が高いからだ。


「では、翻訳機が不評なのは……」

「あんたも理力部分の翻訳付きで直接話してわかっただろう。ルルド人の言語は豊かな感情表現や詳細なニュアンスを含んでいる。音声部分だけ取り出して、無味乾燥な単語の羅列にしたり、全部丁寧にへりくだった調子に変換されたら腹もたつさ」

「では会談はそもそも困難では?」

「いや、トップ同士の場合は、実際に対面していれば、そうでもないらしい」


ルルド人の中でも理力操作に長けたものとそうでないものがいる。導師(メンター)レベルなら、多少、理力感知の素養がある相手なら、対面していれば自分の意思を伝えられる。政治でも経済でもトップレベルにいる指導者は理力感知の素養がある率が高いので、会談に意味はある。


「少なくとも、彼らはそう思っている」

川畑は帽子の男を見上げた。

「ここの世界の人間の、思考可能体と眷属の比率は知らないが、政財界や軍部のトップってやっぱり思考可能体で占めてるんだろう?」

「そうですね。一般に眷属個体は自由意思の表現が希薄で創造的な活動に欠ける傾向がありますから、ステレオタイプなリーダーモドキではなく、本当に舵を切るリーダーシップを発揮する個性の持ち主は、ほぼ確実に思考可能体でしょう」

「やっぱりな。ここの世界の設定の根幹が理力だから、世界の(ヌシ)になるような奴は、自覚がなくても、大なり小なり理力を把握できるんだろう」


ダーリングとクリスティーヌは、聞くべきではない話を、目の前でされて青ざめた。

「どうも、世界の人間には2種類あると言っているように聞こえるのだが……」

「ああ、この世界の場合はそうだ。世界の(ヌシ)、つまり世界の理、ワールドプロパティを書き換えることができる存在が思考可能体。世界を成立させるためのフレーバーとして創造されたのが眷属だ」

「では、ルルド人はみなその……世界の主だと?」

「いや、種族は関係ないらしい。廃棄船にいたルルド人の大半は眷属だった。それに"主"と"眷属"いう言葉から受けるイメージほどの差異は両者にはない。世界のルールを支える力を多少なりとも持っているかどうかだからな。人の品性や優劣とは無関係だ」

「ここの世界ぐらいしっかりした設定がされていると、個人で影響を出せるほど力を持つ個体はまれです。思考可能体と眷属の差は、通常の生活ではほぼないでしょう」

「眷属から思考可能体が発生することも、個体が途中で思考可能能力を発現することもあるんだ。選民思想は意味がないから止めておけよ」

川畑は、口の端をわずかに上げた。

「俺にとっては、思考可能体でいてくれると、いざというとき異界に逃がして助けやすいんでありがたいけどな」

ダーリングはものすごく微妙な顔で川畑を見た。


「だいたい、ワールドプロパティにアクセスできるのが偉いってんなら、俺もこのデクノボウもあんた達の上位者ってことになっちまう。それはないだろう」

「あー、確かにそういわれてみればそうですねー。こちらのお二人の方が"大人"って感じしますもんね。思慮深そう」

「俺は未成年の学生だけど、お前はそれでいいのか勤め人」

「いやいや、私なんてまだまだ下っぱなんで」

戯れ言に興じる二人に、ダーリングは思わず尋ねた。

「未成年の学生?」

「悪いな。察してると思うけど、俺のこの世界での身元はフェイクだ。元々いた自分の世界では高校生……えーっと、アカデミー入学前の学生だ。"今"何歳かというとだいぶややこしくなりつつあるけど、多分17歳か18歳」

「ほんの子供じゃないか!生育分化の早い種族なのか!?」

悲鳴をあげるダーリングを、クリスティーヌは、はたいた。

「違うでしょ。重要なのはそこじゃないわ。ワールドプロパティとやらにアクセスできるって言ったわね。あんた達、この世界の理が全部わかってるってことなの?」

「本と一緒で、閲覧できることと、内容を全部把握していることは別ですけれど、確認しようと思えば、何が定義されているかはチェックできますよ」

「単純な世界ならともかく、ここはかなり分量あるから、興味のあるところの拾い読みしかしてない。ああ、書き換えちゃいけないって釘刺されているから、うっかり自分の知ってるルールで上書きしちゃわないように、暇な時間に物理の基本法則は一通り確認した。そこは大丈夫」

「気をつけてくださいね。個人で発生させた新規の異界ならともかく、所属世界以外の設定の大規模な書き換えは犯罪ですから」

「わかってるよ。一時的に法則変更したいときは、ちゃんと範囲指定してローカルパラメーターで設定するって」

局所的に物理法則をねじ曲げる話を、こともなげに話す自称学生に、常識的な大人二人はおののいた。

「こんな話を聞いていると、宗教戦争が馬鹿馬鹿しくなるわね。創世主の教義の解釈の違いがどうのって言ってるカタリ派の指導者と主の犬(ドミニカン)の司教に教えたら、どんな顔するかしら」

「情報戦のプロフェッショナルのウサギ先生がなに言ってるんだ。こんなの全部口外厳禁(オフレコ)だろ」

できれば自分達にも話さないで欲しかったと、世界の秘密を軽く暴露された二人は頭を抱えた。




「話を戻そう。この世界の思考可能体によって構築された世界設定の根幹は理力の存在だ。物理学の重要な定理や公式には、ほとんど理力が変数で入っている。ありとあらゆるものが理力で変えられるんだ。俺が元いた世界では理力が存在しないからその影響力の大きさがわかるが、理力を制御できる技術が普及すれば、この世界の人類文明はきっと飛躍的に発展する」

「だから、ここが分岐点というわけか」

クリスティーヌは真剣な顔で考え込んだ。

「思考可能体とやらが、世界の理を支えていると言ったわね。もし……理力のルールを理解した奴が全員いなくなったら、その世界のルールはどうなる?」

「それは……もっと信者の力が強い理論が世界の理になるでしょうね。世界の果てまで地面が平らだった世界が丸くなったり、天動説から地動説になったり、物質を構成する素粒子が確定したり、世界のあり方が大転換する変化、パラダイムシフトというのは、寿命の永い世界では、時々あります」

「ルルド人が内戦で全滅したら、世界から理力が消える?」

「物理公式内に組み込まれるほど普及しているなら、いきなりなくなるということはないでしょうが、強固な理論的根元を失った設定は安定して正しく働かず、より新しい理論によって否定されて、徐々に実在が疑われ、消えていくでしょうね」

帽子の男は、不自然に印象に残らない顔で、あっさりと告げた。

「理力及びその派生変数がなくなれば、物理法則は、高次空間理論を否定するぞ。超光速通信もジャンプ航法も破綻し、銀河連邦は崩壊する」

「恒星間文明社会の発展か、崩壊か……」

「なるほどー!そりゃ、局も特例でいろいろ認めてくれるわけですね。ここくらいしっかり発展した銀河社会のある世界って、派生世界も多いし、影響力ありますから」

重い空気を完全に無視して、帽子の男は能天気にポンと手を打った。

ダーリングは眉間のシワを深くした。

「派生世界ってなんだ?」

「くっついてる世界の影響をもろに受ける世界だ。主要世界が衰退したり崩壊したりすると一緒に滅びる」

「つまり、船長さんの決断がこの世界及び近隣数百世界の命運を握っているわけです」

明るく説明した帽子の男を、ダーリングは絞め殺したいとでも思っていそうな顔で見上げた。

「すぐにジャンプシーケンスを再開する」

「今から開始してジャンプまでどれだけかかる?」

クリスティーヌは時計を確認した。

「救難信号を出してずいぶんになるわ。宇宙港か、近場の宇宙軍基地から救命艇やレスキュー艦が到着したら、救助活動が始まってジャンプはキャンセルせざるを得なくなるわよ」

「そうなれば船長として、私はすべての後始末が完了するまで、船を離れられん。会談への出席は不可能になるだろう」

「ダーリングさんも出席予定だったのか」

「出席者間の信頼関係がいろいろ複雑でな。私の同席が会談成立の条件になっている」




川畑は後部艦橋のキャップを呼んだ。

『キャップ、ハイパーソナーで周囲に船が接近してきていないか見てもらってくれ。教授にお願いすれば、係りの人に頼んでくれるだろう』

『あいさー、シロクマさんにネコミミのおねぇさんにたのんでもらう』




「どうしても、というなら手はあるかもしれない」

思い付いたことを検証するために、川畑はダーリングに、ブルーロータスの外形寸法のわかる図面を頼んだ。

「これでいいか」

ダーリングは、手元の端末を操作して、壁面に立体図を表示した。

川畑はメインシャフト沿いの細長い船体と、広がったスポークシャフトの先の客室区画を眺めた。

「機関部の短径は彗星核と同じくらいか……客室区画の直径は大きすぎるな」

彼はなにやら呟きながら、船体の図面を指でなぞった。

「なぁ、艦長さん。機関部から動力がいかなくなったら、客室区画の生命維持設備って止まるか?」

「いや、基本的な設備は各ユニット付属の非常動力で賄えるようになっている」

「じゃぁさ」

川畑は、メインシャフトの客室区画の後ろを指差した。

「ここで切っちゃってもいい?」

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