プランA(実行)
「並ばせ終わったか」
「ああ、いつでもいいぞ」
「じゃぁ、始める。ジャックは自分の船で待機、タイベリアスは戻って来てくれ」
MMとダーリングの目の前で、100人近い人が一斉に消えた。
「すげぇ」
まばたきした時には、MMは自分の宇宙艇にいた。MMはすぐに船の状態と現在位置を確認した。
船外モニタには、元彗星核の汚れた雪だるまが写っていた。
「艦長!」
「ほ、本当に出現した」
小部屋に現れたダーリングを見て、保安係達はざわめいた。
「諸君、すぐに第1陣が来るぞ。出現次第100s以内に部屋から運び出せ。中には自力で動けないくらい衰弱している者も居る。180~200s間隔で10組だ。必ず全員無事に保護しろ!」
「了解しました」
ダーリングの命令に、保安係達は一斉に軍式の了解の敬礼をした。
直後に5名ほどのルルド人が室内に現れた。
「運び出せ」
保安係達はテキパキと、動揺しているルルド人達を部屋から連れ出した。
「3次元で詰んでるなら、4次元方向に視点を拡張して考えればよかったんだよ」
意識を取り戻したダーリングに、川畑はそう説明した。
「一度に100人収納できる空間がないなら、10人収納できる空間を時間の方向に拡張して使ってやればいい」
「順次避難させるのか?だがそんな時間の余裕はもうないだろう」
「そこでちょっとしたインチキだ。同時に転移させて、出現時間を少しずつずらす」
「そんなことができるのか?」
川畑は少し遠い目をした。
「できなかったけど、できるまで死ぬほど練習させられた」
キャプテンに嘲笑われながら、神経を使う精密操作を、条件を変えながら何百回もリピートさせられる地獄の特訓を思い出して、川畑は身震いした。1つ成功すると、難易度が桁違いの条件を要求してくるのは、どう考えても頭がおかしい。
ダーリングを抱えて身動きが取れない川畑相手に、ボールやリンゴを投げながら、ゲラゲラ笑うキャプテンの姿を思い浮かべると、軽く殺意が湧いた。
「なんというか、本当に貴様という存在はインチキだな」
「いいんだよ。もうこの際、最悪の悲劇が回避できるなら」
川畑はダーリングを見返した。
「いいこと教えてやるよ。タイベリアス船長ってのは、コバヤシマル問題っていう絶対解決不可能な悲劇を解決した人なんだが、その方法は"インチキ"なんだ」
「は?」
「彼はそれで処分を食らったとか食らわなかったとか、諸説ある。が、後の業績を見る限り、たとえインチキでも奇想天外でも、ありとあらゆる方法で、常人がなし得ない成果を出したってところが彼の武勇伝なんだ」
川畑はダーリングの髪を見た。所々、金色が混ざって色合いが変わってしまっている。
「あんたもさ、この後いろいろあるだろうけど、本当にやりたいことのためなら、自分に使える手段が常識はずれでも、あまり気にしないで使っちゃえばいいと思うぞ」
どうせもう人の道は踏み外してるんだし……と付け加えた川畑を締め上げて、ダーリングは自分の身に取り返しのつかないことが起きたことを知らされた。
「艦長さん、そっちはもういいから、艦橋で指揮とってくれ」
頭の中でした声に応答して、ダーリングは現場をエザキ捜査官に引き継いだ。
「エザキくん、彼らはオクシタニ戦役でカタリ側に捕虜にされていた人達だ。明言はされていないが、おそらくルルドの王族が混ざっている。扱いは慎重に頼む」
「わかった。使節団から何人か主の犬を寄越してもらうよう頼んである。王族がいても彼らなら十分対応できるだろう」
「あとは任せたぞ。私は艦橋に行ってくる」
言うと同時に、艦橋に転移させられた。
「艦長、あと100sで180度回頭完了します。プランA最終フェーズです。実行許可願います」
「全員の退避を確認した。目標に要避難民はいない。フォースフィールドの制御は目標通り進んだのか?」
「はい。理論値に対してイレブンナイン。計測可能範囲で誤差ありません」
ダーリングは、艦橋の端に居る白いルルド人の導師と川畑を見た。二人が操る力がフォースフィールドジェネレータの作る理力場を、あり得ない精度で調整しているのが、感じ取れた。
「プランAの実行を許可する」
「プランA実行します。バニシングエンジン、モードチェンジ。荷電粒子生成準備開始。ブルーロータス、ブラックロータス形体に変形します」
「変形実施を承認。フォースフィールド展開せよ」
ブルーロータス号は、そのシンボルといえる水の花弁を理力場に沿ってゆっくりと変化させた。
ライトアップも光学補正もされない大量の水は、ただ宇宙の深淵を写して黒々とし、開きあるいは包み込んで船体を1つの巨大な砲塔とした。
「荷電粒子加速。照準セット」
「照準を確認。発射準備オールグリーン」
「黒蓮の香に眠れ。ブラックロータス、主砲発射」
分解され、正電荷と負電荷に分けてそれぞれ加速された粒子は、理力場に沿って水の花弁の間隙を通り、1つに混ぜられ、収束した中性の粒子ビームとなって超高速で放たれた。
不可視のビームは真空中を亜光速で飛び、廃棄船の機関部に直撃した。
廃棄船に搭載されたバニシングエンジンの中心核が崩壊し、激しい爆発と爆縮が立て続けに発生。廃棄船体は弾き出されたマイクロブラックホールを残して跡形もなく消滅した。
「目標消失を確認」
「よし、よくやった!」
ダーリングは目を輝かせて叫んだ。
「まだ終わりじゃないぞ。あとひとふんばり頑張ってくれ。180度回頭急げ」
「スラスター点火180度回頭まであと300s」
「照準どうしますか」
「さっきの反動分を打ち消すために撃ち出すだけだ。収束率はあげなくていい。本艦の後ろをくっついてくる鬱陶しいゴミを全部吹き散らしてやれ」
「了解しました」
「艦後方の漂流物の消滅を確認。軌道及び速度、規定値に戻りました。間もなく彗星軌道と交差します」
「ハイパーソナーに感知なし。障害物ありません」
正面モニタ右上のカウントダウンが0に近づいていく。
「彗星軌道と交差」
モニタのカウントダウンが0を越してマイナス値になった。
「損害ありません」
「よし!」
艦橋に歓喜と安堵の声が溢れた。
ミラはヘッドフォンを投げ出し、フラムはレザベイユと一緒にコンソールに突っ伏した。
ダーリングは川畑と拳をぶつけ合っているルルドの導師の隣に、品のいい老婦人がいるのに気がついた。老婦人は彼と目が合うと微笑みながら目礼して、川畑に声をかけた。二人はそっと席をたつと彼の側にやって来た。
「おめでとう、船長さん。あら、今は艦長さんとお呼びした方がいいのかしらね」
「ありがとうございます。……グレ…ハーゲン殿、こちらのご婦人は?」
「俺のゲームの戦術と戦略の師匠だよ。艦長の留守中、プランAの指揮をお願いしていた。"ウサギ先生"ここは実名で紹介した方がいいですか?」
「そうね。クリスティーヌ・フェルベールよ」
チャーミングに微笑む老婦人の前で、ダーリングの喉が変な音を立てた。
「"JAMの妖精"?電子情報戦のスペシャリストのあの?」
「いやぁね、妖精なんてあだ名。若い頃の話よ」
「失礼ですが、船客名簿では別名で御乗船では?」
「主人との久々の休暇旅行ですもの。匿名ぐらい使うわ」
「ご主人……ではあの方がヴィタル提督」
「"元"提督よ。来期から銀河海運の統括業務執行役員に着任予定なの」
青ざめるダーリングを見て、川畑は階級社会の社会人は大変だなぁと思った。
「とりあえず作戦行動中の通信伝文関係と情報操作は先生におまかせしてたので、どこにどういう話が伝わってて、どういう情報がカットされてるか詳細を聞いておいてくれ」
「できるだけ後始末が楽なようにはしておいたつもりだけど、それにしてもこれだけのことをやらかしていると、色々な方面で大変ね。頑張ってね」
ダーリングは気が遠くなりたかったが、体調は恐ろしく良くて、倒れることもできなかった。
おかげさまで、100話です!
ありがとうございます。




