帰れない男
プロローグは飛ばしてもかまいません。
(本編6章中盤相当)
実質1話は次回からです。
よろしくお願いします。
狭い船内に突然現れた男の姿を見て、高速宇宙艇のパイロットは悲鳴をあげた。
「うわぁ!な、なんだお前!?いつからそこにいた!密航か?」
彼は、その男を上から下まで見た。男は宇宙艇にはまるっきり似合わない装いで、古くさい型の帽子を被っていて……脚から下は透けていた。
「だあぁぁっ!お前、幽霊か!」
「おお。あなた、脚がないと幽霊とみなす文化圏の人ですか。こういう世界では珍しいですね」
「ひぃぃ、しゃべった!お前、あれだろう。バニシングエンジンの事故で死んだ銀河辺境の村人とかそういうのだろう!俺は単に払い下げの船を買っただけだからな。化けてでてもお門違いだぞ!くっそー、宇宙開発事業団め、妙に安かったと思ったら事故物件かよ」
「えーと、盛り上がっていらっしゃるところ、大変申し訳ないのですが、私は別段、舟幽霊ではなくてですね」
帽子の男は困った顔で、コパイロットシートの人物の方に助けを求めた。大柄な身体を狭いシートに詰め込んだ青年は、帽子の男を見て嫌そうに目を細めた。
「いいから、さっさと用件を言えよ。1つめの問題は解決してやっただろう。地球に戻るって話も今、算段つけてるところだから。あっちでもなんかあったのか?」
「はい。まだもう1つ問題が残っていてですね。戻っていただいてよろしいですか?艦長さんが呼んでます」
「ちょうどいい。こっちもすぐに知らせた方がいい話があるんだ」
パイロットは帽子の男と隣の船客を交互に見て叫んだ。
「お前ら知り合いか?なんなんだこいつは、というかお前らは!?」
「落ち着けよ。必要なら後でちゃんと説明する。……ったく、お前が無警戒に姿を見せるから、パイロットさんを驚かせちゃったじゃないか」
「すみません。でも、いいですね、こういう素直な反応は初々しくて。あなたと初めて会ったときなんて、全然驚いてなかったでしょう?」
「そうだっけ?」
「そうですよ。あのときはたしか……」
「そんな話はどうでもいいから、さっさと用件を進めろ。目標は"みんなで無事に地球へ行こう"だ。艦長さんが呼んでるんだろ」
コパイロットシートから抜け出した青年の言葉に、帽子の男はうなずいた。
「そうでした。準備はいいですね」
「パイロットさん、悪いけど急ぎの要件らしいんで、俺は先に船に戻る。パイロットさんは後から来てくれ」
「じゃあ、行きますよ」
帽子の男がひらりと手を振ると、二人の足元に真っ黒な円形の"穴"が空いた。無重力環境なのにも関わらず、まるで穴に落ちたように、二人の姿は穴に吸い込まれた。
瞬きする間もなく、穴は跡形も無く消え去った。パイロットは、少しの間、穴があった空間を凝視していたが、黙って魔除けの印を切ってパイロットシートに座り直した。
「この仕事が終わったら、バカンスに行こう」
とりあえず、"後から来い"と言われたのは、銀河最速を自称する高速宇宙艇のパイロットとして面白くなかった。彼は船体重量と航路を再設定した。
「目標は"みんなで無事に地球へ行こう"か……」
彼が知る限り、状況は絶望的で、誰1人無事に帰れそうにはなかった。




