第九十七話:城攻めの始まり
城の外から響く不吉な角笛の音。
それは私とセレスティーナ様がようやく取り戻しかけた僅かな光を無慈悲に踏みにじる開戦の狼煙だった。
セレスティーナ様は私を抱きしめていた腕を解くと女王の顔に戻り窓の外へと視線を向けた。
私もその後ろ姿に吸い寄せられるように続く。
窓から見下ろした光景に私は息を呑んだ。
白氷城を取り囲む白銀の雪原。その地平線の彼方から黒い津波のような軍勢が押し寄せてきていた。
掲げられている旗印は二つ。
一つは開かれた本と紫水晶の天球儀をあしらったライネスティア家の紋章。
そしてもう一つは私たちが父君の日記でその存在を知ったばかりの忌まわしい「律章復興派」の紋章だった。
「……来たのね」
セレスティーナ様の低い声が震えている。
私たちが父君の秘密を知ったことを奴らはすでに察知しているのだ。そしてその秘密ごと私たちをこの白氷城と共に歴史から抹殺しにきた。
城内は瞬く間に混乱と緊張に包まれた。
けたたましく鳴り響く警鐘。武具のぶつかり合う甲高い音。兵士たちの怒号。
老執事が血相を変えて書斎へと駆け込んでくる。
「お嬢様! 敵は、ライネスティア家の正規軍に加え、律章復興派の狂信者ども、総勢、五千は下りませぬ! 我が城の兵力は、わずか五百…! とても、持ちこたえられません!」
「王都への、援軍要請は!」
「吹雪で、伝令の鳥が…! 通信手段は、完全に、断たれております!」
絶望的な状況。
援軍も望めない完全な籠城戦。
だがセレスティーナ様はその報告を微動だにせず受け止めていた。彼女の瞳に宿っていたのは恐怖ではなく燃えるような闘志だった。
「……上等よ」
彼女は静かに、しかし城全体に響き渡るような凛とした声で告げた。
「ここは、我がヴァイスハルト家の、城。そして、民が暮らす、故郷。一歩たりとも、踏み込ませはしないわ」
彼女は執事に向き直る。
「城門を、閉ざしなさい。全ての兵士に、持ち場へ着くよう、命令を。籠城戦の、始まりよ」
その堂々とした姿。
その圧倒的な女王のカリスマに動揺していた執事や兵士たちの顔に再び覚悟の色が戻っていく。
私はそんな彼女の後ろ姿をただ見つめていた。
私の心はまだ砕けたままだ。私はこの人を殺すための道具。そのおぞましい事実は変わらない。
でも。
それでも。
この気高い人が自らの運命に抗おうとしている。故郷を民を守ろうとたった一人で戦おうとしている。
その姿をただ見ていることなど私にはできなかった。
(道具でいい。呪われた存在でもいい)
この命が尽きるその最後の瞬間まで。
私はこの人の剣であり盾でありたい。
私の砕け散った心のそのたった一つの欠片がそう叫んでいた。
第九十七話「城攻めの始まり」、いかがでしたでしょうか。秘密を知った二人を抹殺すべく、ついに敵が牙を剥きました。
次回、第九十八話「守るべきもの」。絶望的な籠城戦の中、リリアと城の者たちは、それぞれの戦いを始めます。どうぞ、お楽しみに。
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