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第九十六話:女王の覚悟

 どれほどの時間、そうしていたのだろうか。

 夜が明けたのかそれともまだ夜の中なのか。鍵をかけた部屋の絶対的な暗闇の中では時間の感覚さえも麻痺していく。私の心は砕け散ったガラスの破片のようにもう二度と元の形には戻れない。


(私は、あの方を、殺すための、道具……)


 そのおぞましい事実だけが呪いのように私の思考を支配していた。

 その時だった。

 コン、コン、と控えめに、しかし迷いのない音で、部屋の扉がノックされた。


「リリア。私よ。開けてちょうだい」


 セレスティーナ様の、声。

 その声を聞いただけで、私の体は拒絶反応のようにびくりと震えた。

 やめてください。もう、その優しい声で、私の名を、呼ばないでください。あなたに優しくされればされるほど、私の罪は、重くなるのだから。

 私は返事をしなかった。ただベッドの上でさらに体を小さく丸める。


 扉の向こうでセレスティーナ様が一つ息を吸う音がした。

 次の瞬間、ガチャン、という金属音と共に、扉の錠が外からいとも容易く破壊された。凍晶‐シアンの魔術を使ったのだろう。

 光と共に彼女が部屋に入ってくる。


「……リリア」


 私は顔を上げることができなかった。

 だが次の瞬間、私は強い力でベッドの上から引き起こされ、そのまま温かい何かに、強く、強く、抱きしめられていた。

 花のようないい香りと、彼女の少しだけ早い心臓の鼓動。


「…離して、ください…。私に、触れては…」

「嫌よ」

 私の、か細い抵抗は、凛とした、絶対的な一言で、封じられた。

 セレスティーナ様は私の耳元で静かに、しかし鋼のような意志を込めて告げた。


「父は、運命に抗おうとした。ならば、私も抗うわ」


 その言葉に、私の空っぽだったはずの心がちくりと痛んだ。


「あなたが、何者であろうと、関係ない。あなたが、どんな使命を、背負わされて、生まれてきたのかも、関係ない。あなたは、リリア・アシュワース。私の、ただ一人の、メイドでしょう?」

 彼女は私の肩を掴み無理やり顔を上げさせた。

 その月白色の瞳はもう揺れてはいなかった。そこにあるのは全てを受け入れ、それでも前へ進むと決めた女王の覚悟。


「聞きなさい、リリア。私は、決して、あなたを、私を殺すための道具には、させない」



「そんな…無理です…。運命には…」

「運命は、ただ従うべき檻ではない、と。そう、父は、遺してくれた。…そして、あなたも、私に、教えてくれたはずよ。伝えなければ、何も始まらない、と」


 ああ、そうだ。

 いつかの雪解けの庭で。私が彼女に言った言葉。


「だから、今度は、私が、あなたに、伝える番。…リリア。私は、あなたと、生きたい。この、呪われた運命と共に、生き延びてみせる。だから、あなたも、諦めないで」


 その、あまりに、力強い言葉。

 私の砕け散ったはずの心の、そのひび割れの隙間から、一筋だけ温かい光が差し込んできたような気がした。

 私の瞳から、ようやく、一筋の涙が零れ落ちた。


 だが、その束の間の希望を打ち砕くように。

 城の外から、遠く、しかし確かに、けたたましい角笛の音が響き渡った。

 それは、敵襲を告げる絶望の音色だった。

 第九十六話「女王の覚悟」、いかがでしたでしょうか。セレスティーナの、力強い言葉が、リリアの心を、再び、繋ぎとめようとしています。

 しかし、休む間もなく、新たな脅威が、二人を襲う。

 次回、第九十七話「城攻めの始まり」。絶望的な、籠城戦が、幕を開けます。どうぞ、お楽しみに。


ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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