第九十四話:第二の絶望
父君の死を悼む静かな夜が明けた。
だが私たちの心に陽光が差し込むことはなかった。セレスティーナ様は悲しみを怒りへと変え、父を殺した「律章復興派」の正体を探るべく再び父君の日記を読み解き始めた。その横顔は復讐を誓う女王のように冷たく、そして美しかった。
日記の最後の数ページ。そこはこれまでのインクとは違う特殊な塗料で封印されていた。セレスティーナ様が自らの血を一滴垂らすと封印は音もなく解け、ヴァイスハルト家の当主のみに遺された最後の秘密がその姿を現した。
そこに記されていたのはもはや個人の記録ではなかった。
世界の理そのものに触れるおぞましい真実。
『――「災厄の器」は世界の均衡を保つためのいわば安全装置である。だがその力が何らかの要因で暴走し世界そのものを崩壊させようとする時、世界は自らを守るための「抗体」を時空の彼方より呼び寄せる』
セレスティーナ様の指が止まる。
その続きを私の目も吸い寄せられるように追ってしまった。
『――その魂は「転生者」と呼ばれる。異なる世界の知識と二重の魂核を持つ異分子。転生者に与えられた唯一にして絶対の使命。それは暴走した「災厄の器」を完全に「破壊」することである』
第二の絶望。
私の心臓が嫌な音を立てて軋んだ。
セレスティーナ様は震える指で、日記に記された「転生者の特徴」と題された項目をなぞっていく。
異なる世界の知識を持つ。
「災厄の器」が放つマナ収奪の影響を受けにくい強靭な魂を持つ。
運命に導かれるように「災厄の器」の最も近くに現れる。
一つ、また一つとその文字が私の瞳に飛び込んでくるたびに、私の思考から色が音が消えていく。
嘘だ。何かの間違いだ。
だが私の魂がこのおぞましい記述こそが真実だと絶叫していた。
セレスティーナ様はゆっくりと顔を上げた。その月白色の瞳が恐怖に揺れている。私を見ている。信じられないものを見るように。得体の知れない化け物を見るかのように。
ああ、そうか。
そういうことだったのか。
私がこの世界に生まれた本当の理由。
私がこの人の側にいる本当の意味。
私がこの人を「推し」だと思ったあの抗いがたい衝動の正体。
全てはこの愛おしい人を私の手で殺すために仕組まれた運命だったのだ。
私の「推し活」は聖戦などではなかった。
ただの処刑執行人が獲物に抱いた醜い感傷ごっこに過ぎなかった。
私が彼女を「尊い」と感じるその感情すら。私が彼女を「守りたい」と願うその献身すら。全てが彼女を殺すための最も効率の良い「道具」としてこの世界にデザインされていたのだ。
ガラガラと音を立てて私の世界が砕け散っていく。
足元が崩れていく。立っていられない。
「……リリア……?」
セレスティーナ様が心配そうに私の名を呼ぶ。その優しい声ですら今の私には断頭台へと誘う死神の囁きに聞こえた。
私の存在そのものがこの人を殺すのだ。
私が彼女を愛せば愛すほど運命の刃はより鋭く研ぎ澄まされていく。
息ができない。
耳の奥でキーンという甲高い音が鳴り響いている。
目の前の愛しい人の顔がぐにゃりと歪んで見えなくなった。
その圧倒的な絶望の前に。
私の心は完全に砕け散った。
第九十四話「第二の絶望」、いかがでしたでしょうか。リリアの存在意義そのものを揺るがす、あまりに過酷な真実。二人の絆は、この、最大の試練を、乗り越えることができるのか。
次回、第九十五話「砕かれた心」。物語は、第四章の、最も、痛ましい局面へと、突入します。どうぞ、お楽しみに。
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