第九十三話:第一の絶望と、静かな夜
父君が遺したあまりに重い真実と、その奥にあった一筋の光。
セレスティーナ様がようやく涙を収められたのは、それからどれほどの時間が経ってからだっただろうか。開かずの書斎の空気は、インクの匂いと私たちの静かな呼吸の音だけで満たされていた。
セレスティーナ様はまるで父の面影を追うかのように、書斎に残された遺品を一つ一つゆっくりとその指でなぞり始めた。
そんな中、私たちはあの大部の研究記録に一冊だけ別の装丁のノートが挟まれているのを見つけた。それは公的な研究日誌ではなく、父君が誰に見せるでもなく綴っていたであろう私的な日記だった。
セレスティーナ様は躊躇いがちにその日記を開いた。
そこには研究者としての顔ではなく、領地を愛し娘を愛し、そして見えざる敵にじわじわと追い詰められていく一人の男の生々しい魂の記録が記されていた。
日記を読み進めるにつれてセレスティーナ様の顔から再び血の気が引いていく。その月白色の瞳が信じられないものを見るように大きく見開かれていた。
そしてあるページで、彼女の指がぴたりと止まる。
『――体調が優れない。王都から取り寄せた薬を飲み始めてからだ。あのウィルクス商会が納入しているという薬草茶を。まさか……』
その数ページ後。父君の筆跡は明らかに乱れていた。
『――間違いない。私は盛られている。あの古の禁忌、「律章術」の復活を目論む狂信者ども……「律章復興派」によって。彼らは私の研究を、そして我がヴァイスハルト家の血を恐れているのだ』
日記はそこで途絶えていた。
第一の絶望。
父君は病死ではなかった。王都の屋敷で私たちが戦ったあの見えない敵と同じ手口で……巧妙に毒殺されていたのだ。
「……ああ……あ……」
セレスティーナ様の唇から声にならない嗚咽が漏れた。
悲しみ、そして愛する父を奪った見えざる敵への燃えるような純粋な怒り。彼女の華奢な体がそのあまりに強すぎる感情の奔流に耐えきれずわななく。
(許さない……! 我が君の、そしてそのお父上の尊厳を踏みにじったその輩を、このリリアが絶対に!)
私の心もまた同じ怒りの炎に焼かれていた。
だが今、私がすべきことはただ一つ。
私は何も言わずただその震える体を背後からそっと抱きしめた。
言葉はいらない。
ただ寄り添い、彼女の悲しみと怒りを共に受け止める。
その夜、私たちは言葉もなく父君の書斎でただ寄り添い合っていた。
一つのロウソクの炎が壁に二つの寄り添う影を映し出す。
それは父の死を悼む静かな静かな夜。
そして来るべき復讐を誓う嵐の前の最後の静寂だったのかもしれない。
第九十三話「第一の絶望と、静かな夜」、いかがでしたでしょうか。父の死の真相が、セレスティーナに、新たな絶望と、そして、戦うための、より強い動機を与えました。
次回、第九十四話「第二の絶望」。日記は、さらに、おぞましい真実を、二人に突きつけます。どうぞ、お楽しみに。
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