第九十二話:父の研究記録と、血塗られた契約
セレスティーナ様は震える指で父君が遺した研究日誌の最初のページをめくった。
そこに記されていたのは、およそ公爵家の公式記録とは思えない、一人の父親としての苦悩と愛情に満ちた血の滲むような言葉の羅列だった。
『――我が娘セレスティーナ。その銀色の髪は祝福であると同時に我ら建国王家に連なる旧貴族全てに課せられたあまりに過酷な宿命の証。私は父としてお前をその運命から必ず救い出してみせる』
ページをめくるたびに、父君の絶望的な戦いの軌跡が、私たちの前に生々しく広がっていく。
彼は「災厄の器」がなぜ王侯貴族の血筋にのみ発現するのかその謎を解き明かすため古代の文献を渉猟し禁忌とされる魔術にさえその手を伸ばしていた。
そして、ついに一つの恐ろしい結論にたどり着く。
『――原因は血ではない。我らが祖先が建国の際に精霊と交わした古の「契約」そのものにある』
ヴァイスハルト家の祖先はこの国のエーテルの流れを安定させるため自らの血を触媒として強大な精霊とある契約を結んだ。その代償として建国に関わった王家と旧侯爵家は子々孫々その魂核に世界の歪みを引き受けるという呪いにも似た「器」を宿すことになったのだ。
セレスティーナ様は息を呑んだ。
彼女を、そして彼女と同じ銀髪を持って生まれた者たちを苦しめ続けてきた宿命の正体。それは誰よりもこの国を愛した祖先たちの、気高い自己犠牲の、悲しい置き土産だったのだ。
そして父君の記録はさらに血塗られた真実を暴き出す。
ヴァイスハルト家はその高いエーテル適合性故にこの呪われた契約においてもう一つのおぞましい役割を担わされていた。
『――「器」が現れた時それが世界に災厄をもたらす前にこれを秘密裏に「処分」する』
その執行者こそが代々のヴァイスハルト家当主の真の使命だったのだ。記録には百五十年前にライネスティア家に生まれた赤子が先々代のヴァイスハルト公爵の手によって「処分」されたという信じがたい事実が淡々と記されていた。
「……父上……」
セレスティーナ様のか細い声が静寂に響く。
その絶望的な記録の最後の最後のページ。
そこに私たちは見つけた。
インクが滲み何度も書き直されたその跡。それは父が娘に宛てた最後の手紙だった。
『――セレスティーナ。私は無力だった。お前にこの重荷を背負わせることしかできなかった。だがこれだけは忘れないでおくれ』
その最後の言葉にセレスティーナ様の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
『運命とはただ従うべき檻ではない。その流れを変える一滴の雫となることを私は諦めない』
父君は最後まで諦めてはいなかったのだ。
絶望的な運命にただ一人で抗い続けていた。
そのあまりに愚かで、そしてどこまでも深い愛情にセレスティーナ様は声を殺して泣き崩れた。
私はただその震える肩をそっと抱きしめることしかできなかった。
父君が遺した一筋の光。
それは今確かに娘の心に受け継がれたのだ。
第九十二話「父の研究記録と、血塗られた契約」、いかがでしたでしょうか。ついに明かされた、ヴァイスハルト家の真の宿命。それは、単なる悲劇ではなく、王国全体を巻き込む、巨大な陰謀の始まりでした。
次回、第九十三話「第一の絶望と、静かな夜」。物語は、さらに、衝撃的な展開を迎えます。どうぞ、お楽しみに。
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