第九十話:父の面影と、城の秘密
翌朝から老執事の案内による城内の視察が始まった。
セレスティーナ様は公爵代理として私はその侍女として彼の後を静かについていく。陽光が高い窓から差し込み長い廊下の大理石の床に私たちの影を落としていた。
「こちらの謁見の間は先代様が最も好まれた場所でございました」
執事の低く落ち着いた声が響く。
セレスティーナ様は玉座に続く緋色の絨毯をどこか懐かしむような、それでいて少しだけ痛みを堪えるような瞳で見つめていた。
(きっと思い出していらっしゃるのだわ。お父上様との日々のことを……)
私の脳裏にも彼女が馬車の中で語ってくれた父君への複雑な想いが蘇る。この城の全てが彼女にとってその記憶を呼び覚ます装置なのだろう。
中庭に面した渡り廊下を歩いていたその時だった。セレスティーナ様がふと足を止めた。
「……ここは」
「はい。先代様が幼いお嬢様に剣の手ほどきをされた場所でございますな」
彼女の視線の先には今はもう誰もいない小さな訓練場があった。だがその穏やかな追憶はすぐに冷たい現実に打ち破られる。かつては四隅に常に衛兵が立っていたというその場所に今は誰一人いない。埃をかぶった武具が壁に寂しく並んでいるだけだった。
城を見て回るほどにその現実はより色濃く私たちの前に突きつけられた。
磨き上げられてはいるが所々傷みの見える調度品。明らかにその数を減らされた衛兵や使用人たち。この白氷城が、そしてヴァイスハルト家がいかに追い詰められているか。その事実が私の胸を締め付けた。
一通りの視察を終え表向きの公爵の書斎へと戻った時だった。
老執事が意を決したように私たちに向き直り深く頭を下げた。
「お嬢様。……長年お伝えすべきか迷っていた儀がございます」
「……何?」
「先代様より固く口止めされておりました。お嬢様が公爵家の宿命と自らの意志で向き合う覚悟をお決めになるその『時』が来るまではと」
執事は顔を上げた。その瞳にはセレスティーナ様の成長を見届けた確信の光が宿っていた。
「王都でのご活躍、そしてこの窮地に陥った白氷城へお戻りになられた今その『時』が来たとこの老いぼれは判断いたしました。もはや一刻の猶予もございません。どうかお聞き届けを」
彼は書斎の巨大な本棚のその奥を静かに指し示した。
「先代様には公爵としての立場とは別にただ一人の父親として研究に没頭される場所がございました。あちらにございます。先代様が誰にも知らせず密かに利用されていた『開かずの書斎』が」
開かずの書斎。
その言葉の響きにセレスティーナ様が息を呑むのが分かった。
父が遺した本当の顔。本当の想い。
全ての答えがその閉ざされた扉の向こう側に眠っている。
彼女が背負う宿命の重さがその扉の向こうから音もなく立ち上っているようだった。
第九十話「父の面影と、城の秘密」、いかがでしたでしょうか。父の思い出と、領地の厳しい現実。そして、ついに明かされた「開かずの書斎」の存在。
次回、第九十一話「開かずの書斎」。セレスティーナは、父が遺した本当の研究の場へと、足を踏み入れます。どうぞ、お楽しみに。
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