第八十九話:白氷城、到着
夜明けと共に吹雪は嘘のように止んでいた。
陽光が雪原を照らしダイヤモンドダストがきらきらと舞う。それは残酷なまでに美しい光景だった。追手の気配はない。昨夜の猛吹雪が彼らの足を完全に止めてくれたのだろう。
私とセレスティーナ様は夜明けを待って狩人小屋を後にした。
そして数時間後。雪に覆われた丘を越えた私たちの目についにその光景が飛び込んできた。
「……あれが」
セレスティーナ様の声が感嘆と、そして深い郷愁に震えている。
遥か先巨大な氷河の麓に白亜の城が朝日を浴びて輝いていた。その周囲には厳しい冬を耐え忍ぶ小さな家々が寄り添うように立ち並んでいる。
ヴァイスハルト公爵家の本領白氷城。彼女が生まれ、そして父を失った故郷。
城へと続く道すがら領民たちの何人かが私たちの姿に気づき駆け寄ってきた。その顔には驚きと、そして心からの喜びが浮かんでいる。
「おお、セレスティーナ様! よくぞご無事で……!」
「お帰りなさいませお嬢様!」
彼らは王都の者たちのように彼女の銀髪を「不吉」だと蔑んだりはしない。ただ敬愛する主の帰還を純粋に喜んでくれていた。その温かい歓迎にセレスティーナ様の常に張り詰めていた表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。
やがて私たちは白氷城の荘厳な城門の前にたどり着いた。
そこで私たちを待っていたのは二人の中年の男だった。
一人は背筋が鋼のように真っ直ぐな気骨のある老執事。その瞳には長年この家に仕えてきた者だけが持つ深い忠誠と厳しさが宿っていた。
もう一人は無口で職人肌の白髪の料理長。私が王都の屋敷で世話になったあの料理長の双子の弟だろうか。その顔つきは朴訥としながらも確かな誇りに満ちていた。
「お帰りなさいませセレスティーナお嬢様。長旅お疲れ様でございました」
老執事が深く頭を下げる。
「……ええ。ただいま戻りました」
セレスティーナ様の声はまだ少しだけ硬かった。公爵代理としての威厳を保とうとしているのだろう。
城の中は王都の屋敷のような華美な装飾こそないが隅々まで磨き上げられ凛とした空気に満ちていた。
だがその静かで美しい城が今静かに、しかし確実に死へと向かっていることを私は肌で感じ取っていた。
城を守るべき兵士の数があまりに少ない。そして城のあちこちに老朽化の跡が見える。ライネスティア家による経済的な圧迫がこの北の領地をじわじわと蝕んでいるのだ。
その厳しい現実をセレスティーナ様も痛いほど感じ取っているのだろう。
彼女は何も言わずただ父との思い出が詰まったであろう長い廊下をゆっくりと歩いていく。
その気高い後ろ姿を見つめながら私は改めて誓った。
この美しい城を。そしてこの気高き女王様を。
このリリアが必ず守り抜いてみせると。
第八十九話「白氷城、到着」、いかがでしたでしょうか。ついに故郷へとたどり着いた二人ですが、そこには厳しい現実が待ち受けていました。
次回、第九十話「父の面影と、城の秘密」。セレスティーナは、父が遺した本当の書斎の存在を知ることになります。物語の核心へと、また一歩、近づいていきます。どうぞ、お楽しみに。
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