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第八十七話:閉ざされた山小屋

 私が騎士の喉元から濡れた短剣を引き抜いたその瞬間。

 世界の全ての音が一度消えた。

 自分の手で人を傷つけた。そのどうしようもない事実が私の思考を麻痺させる。

 その私のほんの一瞬の硬直を好機と見た別の騎士が背後からセレスティーナ様へと斬りかかった。


「――リリア、伏せて!」


 セレスティーナ様の絶叫。

 彼女は私をその場に突き飛ばすと天へとその白い手を掲げた。

 詠唱はない。ただ彼女のその気高い魂がこの場のエーテルを完全に支配した。

 凍晶‐シアンの魔力が暴走寸前の凄まじい密度で爆発する。

 私たちの周囲に絶対零度の分厚い氷の壁が瞬時に出現した。

 騎士たちの剣はその壁に音もなく吸い込まれ凍てついていく。


「行くわよ!」

 彼女は呆然とする私の手を強く掴むと吹雪の中を走り出した。

 背後で氷壁が砕け散る音と追手たちの怒号が聞こえる。

 だが私たちはもう振り返らなかった。


 どれほどの時間走っただろう。

 肺は氷のように冷たい空気に焼かれ、足は感覚を失いかけていた。

 猛烈な吹雪が私たちの体温と、そして希望を容赦なく奪っていく。

 もうダメだ。そう私が膝から崩れ落ちそうになったその時だった。

 吹雪の向こうにぼんやりと小さな黒い影が見えた。


「……小屋……」

 それは古い狩人のものだろうか。今はもう誰も使っていない小さな小さな山小屋だった。

 私たちは最後の力を振り絞りその朽ちかけた扉へと転がり込んだ。


 扉に内側から震える手でかんぬきをかける。

 私たちはそのまま床に崩れ落ちた。

 荒い息を繰り返す。氷のようだった体が少しずつ感覚を取り戻し、今度は激しい震えとなって私を襲う。

 寒い。怖い。そして何よりも私の手にはまだ人を傷つけたあの生々しい感触がこびりついていた。


 束の間の休息。

 だがそのあまりに脆い平穏はすぐに破られた。

 吹雪のその向こう側からいくつもの松明の光がこちらへと近づいてくるのが壁の隙間から見えた。


 追いつかれたのだ。

 彼らは小屋を遠巻きに包囲していく。

 そして吹雪の中であの律章復興派の刺客たちが不気味な詠唱を始めた。

 それは攻撃魔法ではない。この小屋そのものを外界から完全に孤立させるための結界術。

 私たちの最後の逃げ場が今閉ざされようとしていた。


 援軍はない。

 外は猛烈な吹雪と狂信的な刺客たち。

 小屋の中には傷つき消耗しきった私たち二人だけ。

 私はセレスティーナ様の隣でただ震えることしかできなかった。

 その絶望的な状況の中で彼女は静かに古い暖炉に残されていた最後の薪をくべていた。

 か細く、しかし決して消えない炎が私たちの青ざめた顔をぼんやりと照らし出していた。


 ついに、二人は、完全に、孤立してしまいました。援軍もなく、敵に、包囲された、絶望的な状況。この、極限状態の中で、二人は、何を語り、何を、誓うのか。次回、二人の絆が、試されます。


ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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