第八十六話:吹雪の夜の襲撃
白氷城へと続く最後の難所、北嶺の山道に足を踏み入れてから数時間が過ぎていた。
空は重い鉛色の雲に覆われちらほらと舞い始めた雪は瞬く間に猛烈な吹雪へとその姿を変えていた。
「お嬢様、急ぎましょう! このままでは道が閉ざされてしまいます!」
馬の手綱を握りながら私は叫んだ。
だがセレスティーナ様の返事はない。彼女は馬上で寒さと疲労に必死に耐えているようだった。
私たちの間に漂う重く気まずい沈黙。あの日私が口にしてしまった「裏切り者」という言葉が見えない壁となって私たちを隔てていた。
その張り詰めた静寂を唐突に破ったのは。
私のこめかみを貫く灼熱の痛みだった。
――ズキンッ!
未来視が私の意思とは無関係に暴発する。
脳裏に叩きつけられたのは断片的な、しかしあまりに鮮明な死のビジョン。
雪と闇に紛れて木々の間から静かに私たちを包囲するいくつもの人影。
抜身の剣が月光を反射して鈍く光る。
そしてその中の一人が禍々しい紫色の魔力をその手に収束させていく。
「お嬢様、伏せてッ!」
私が絶叫したのと紫色の呪詛の矢がセレスティーナ様がいた場所を正確に抉ったのはほぼ同時だった。
間一髪馬から飛び降りた私たちは雪の中に転がり込む。
次の瞬間私たちの周りを十数人の黒装束の男たちが完全に包囲していた。
「ようやく追いついたぞヴァイスハルトの娘」
先頭に立つ男のその知的な顔立ちと冷たい瞳。見覚えがあった。ライネスティア家の私兵団を率いる騎士隊長だ。
だが彼らだけではない。その背後には明らかに騎士とは違う狂信的な光をその瞳に宿した者たちが数人控えている。
律章復興派の刺客たち。
「もはや逃げ場はない。大人しく投降していただこうか」
騎士隊長が冷たく言い放つ。
セレスティーナ様は私を背中に庇いながら静かに立ち上がった。その手には氷の魔力が青白い光となって収束していく。
「あなた方の主の顔に泥を塗る愚かな真似はおよしなさい」
「ふん。我らが主に逆らうことこそ愚かなのだよ」
交渉の余地はない。
騎士隊長が手を振り下ろす。
それを合図にライネスティア家の騎士たちが一斉に私たちへと襲い掛かってきた。
鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音。
セレスティーナ様が瞬時に展開した凍晶‐シアンの氷壁が騎士たちの鋭い剣閃をかろうじて防ぎ止める。
だが敵の本当の狙いは別にあった。
騎士たちが陽動となっているその隙に。
律章復興派の刺客たちが詠唱を開始していたのだ。
それは私が禁書庫で感じたものと同じ。
時間の理を僅かに歪ませる禁忌の術。
「お嬢様、いけません! あの術に触れては!」
だが私の警告は遅かった。
刺客たちの手から放たれた紫色の光がセレスティーナ様の氷壁に触れた瞬間。
氷壁はまるで数百年もの時を一瞬で経過したかのようにその輝きを失い脆く崩れ去っていった。
防御を失ったセレスティーナ様に騎士たちの無慈悲な刃が迫る。
絶体絶命。
その瞬間。
私はただ無我夢中で叫んでいた。
「――お嬢様の背後は私が!」
私は懐に忍ばせていた護身用の短剣を抜きセレスティーナ様の死角から迫っていた一人の騎士のその喉元へと突き立てていた。
ついに、追手との、直接対決が、始まりました。律章復興派の、禁忌の術の前に、二人は、絶体絶命の、窮地に、立たされます。次回、吹雪の中で、二人の、生き残りをかけた、死闘が、続きます。
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