第八十五話:漏れた道標
あの宿場町での一件以来、私たちの旅はその様相を完全に変えた。
もはや人通りの多い王道を進むことはできない。私たちは地図にも載っていないような獣道や古い林道を選んで北へと進むしかなかった。
日中は森の奥深くで息を潜め、夜月明かりだけを頼りに馬を進める。セレスティーナ様にとってはこれまでの人生で想像すらしたことのないような過酷な旅路だったに違いない。だが彼女は一度も弱音を吐かなかった。
そんな逃避行が数日続いたある夜のこと。
私とセレスティーナ様は古い廃墟となった教会で束の間の休息を取っていた。焚き火の心もとない光が私たちの疲れた顔をぼんやりと照らし出している。
その時私は感じてしまった。
こめかみをキリと刺すような鋭い痛み。未来視の前兆。
私の脳裏に断片的なビジョンが流れ込んでくる。
松明の光。馬の蹄の音。そして私たちのいるこの廃墟へと寸分の狂いもなく近づいてくる追手の姿。
「お嬢様、来ます!」
私は叫んだ。
「追手がこの場所を突き止めました!」
セレスティーナ様はハッと顔を上げる。
「なぜ……? この道は地図にも載っていないはず……」
私たちは慌てて馬に乗りその場から再び闇の中へと逃げ出した。
幸い追手に姿を見られる前にその場を離れることができた。
だが私の心には一つの恐ろしい疑念が生まれていた。
次の日。私たちは小さな村で食料を調達していた。
その時も同じだった。
私が未来視で追手の接近を間一髪で察知する。
おかしい。あまりに正確すぎる。
まるで私たちの行き先が全て彼らに筒抜けになっているかのようだ。
その夜。岩陰で冷たい乾パンをかじりながら私はセレスティーナ様にその恐ろしい可能性を告げた。
「お嬢様。私たちの情報がどこかから漏れています」
「……どういうこと?」
「私たちのこの旅の計画を知っているのは私たち二人と、そして王都に残してきたシルヴィア様とフィンだけのはず。この中の誰かが……」
私はそれ以上言葉を続けることができなかった。
シルヴィア様が? あの心優しき森の姫君が?
フィンが? あの人懐っこい笑顔の商人見習いが?
信じたくない。だが事実として追手は私たちの動きを完璧に把握している。
セレスティーナ様は黙って私の言葉を聞いていた。
その月白色の瞳が揺れている。
彼女もまた同じ疑念に囚われているのだ。
「……シルヴィアは違うわ」
しばらくして彼女は静かに言った。
「彼女はドルヴァーン家の誇りを誰よりも重んじている。友を裏切るような真似は決してしない」
その言葉はシルヴィア様への絶対的な信頼の証。
だがそれは同時にもう一つの可能性を色濃く浮かび上がらせてしまう。
(……フィンなのか?)
あの人懐っこい笑顔の裏に何か別の顔が隠されているとでもいうのか。
いや彼もまた命がけで私たちを助けてくれたはずだ。
では一体誰が?
それとも私たちの知らないところで第三の誰かが私たちの計画を盗み見ていたとでも?
疑心暗鬼が冷たい毒のように私たちの心に広がっていく。
これまで絶対的な信頼で結ばれていたはずの私たちの間に初めて見えない壁が生まれた瞬間だったのかもしれない。
私たちは言葉もなくただ燃え尽きようとしている焚き火の炎を見つめていた。
その炎はまるで私たちの揺れ動く心のようだった。
ついに、二人の間に、疑心暗鬼という、影が、落ちました。信じられるのは、目の前にいる、互いだけ。だが、その絆すらも、試されるような、過酷な旅が、続きます。次回、吹雪の山道で、二人は、ついに、追手と、直接、対峙します。
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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