第八十二話:白氷城への、二人だけの旅路
あの不吉な紫色の夜空が明けた翌朝。
セレスティーナ様は父君が遺した研究記録を前に一つの揺るぎない決断を下された。
「リリア。私たちはここを出るわ」
その声はどこまでも静かだった。だがそこには全ての迷いを断ち切った者の鋼のような意志が宿っていた。
「天媒院はもはや敵の巣窟。ここで父の研究を安全に進めることは不可能よ。そして何より……」
彼女は古びた羊皮紙をそっと指し示す。
「この記録は不完全だわ。本当の答え……災厄の器の真実とその運命に抗うための方法は、父が本当に研究に没頭していた場所。我がヴァイスハルト家の本領「白氷城」に眠っているはずよ」
大潮期が刻一刻と迫っている。私たちに残された時間は少ない。
その日の午後私たちは最後の作戦会議のため秘密の温室に集まっていた。
セレスティーナ様はシルヴィア様の手を強く握った。
「シルヴィア。王都に残るあなたにしか頼めないことがあるわ。あの老貴族とラザルスの動きを監視し続けてほしいの」
「はいセレスティーナ様。この身に代えましても」
私はフィンに向き直った。
「フィン。危険な仕事になるわ。でもお願い。『二つ頭の蛇』の資金源と寒冷北州との繋がりを探り続けて」
「へへっ、任せといてよリリアさん! 大船に乗ったつもりでさ!」
固い誓い。私たちは王都に残る信頼できる二人の仲間に後事を託した。
そして旅立ちの朝。
私とセレスティーナ様は侍女の制服も貴族のドレスも脱ぎ捨てていた。
フード付きの丈夫で簡素な旅人の服。それがこれからの私たちの戦いのための装束。
私たちは誰にも気づかれぬよう夜明け前の薄闇の中天媒院の裏門からそっと抜け出した。
王都の庶民が使う乗り合いの馬車に乗り込む。他の乗客たちはまさかこのみすぼらしい身なりの少女二人が五侯筆頭の公爵代理とその侍女であるなどとは夢にも思わないだろう。
ガタガタと車輪が石畳を鳴らす。
馬車が王都の門をくぐり北へと進路を取った。
私は窓の外に小さくなっていく白亜の塔を見つめ、そしてその先に広がるまだ見ぬ北の空を見上げた。
不思議と恐怖はなかった。
むしろ私の心を満たしていたのは不思議な高揚感だった。
まるでその旅の目的地である故郷の白氷城から響いてくる"氷霜の鼓動"が聞こえるような。
それは私の本当の運命が始まる音だったのかもしれない。
私は隣に座るセレスティーナ様と視線を交わした。
その月白色の瞳には私と同じ決意の光が宿っていた。
私たちの本当の戦場はここから始まる。
ただ二人だけの長く、そして険しい旅路が。
――かくして物語は吹雪舞う北の地へと続いていく。
これにて、第三章「時の残響と、共犯者の囁き」は、閉幕となります。長らく、お付き合いいただき、誠に、ありがとうございました。
次章、第四章「白氷城と偽りの神託」では、二人の旅路と、ヴァイスハルト家に隠された、衝撃の真実が、描かれます。どうぞ、お楽しみに。
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