第八十一話:仮初めの勝利と、不協和音の残響
禁書庫での事件は、クロイツェル教授の、あまりに手際が良すぎる差配によって、幕引きとなった。
マリウス上級生は、「禁忌の魔術研究の果てに、精神に変調をきたしたための、単独犯行」として、処理された。彼の背後にいたはずの、ライネスティア家の影も、「二つ頭の蛇」も、そして「律章復興派」も、全てが、分厚い公式報告書の、その闇の中へと、葬り去られた。
「…これが、大人のやり方、というものよ」
秘密の温室で、私たちの報告を聞き終えたセレスティーナ様は、静かに、そう呟いた。
事件は、解決した。だが、何も、終わってはいない。
天媒院は、敵の巣窟であり、本当の黒幕は、今も、どこかで、私たちを嘲笑っている。その事実だけが、重い、重い、鉛となって、私たちの心に、のしかかっていた。
その夜。
私とセレスティーナ様は、二人きりで、天媒院の、最も高い塔の上にある、古い、古い、展望台にいた。
眼下に広がる、王都の灯りは、まるで、地上に撒かれた、星屑のようだ。
「…勝った、はずなのに。少しも、嬉しくないのね」
セレスティーナ様が、夜風に、その銀色の髪をなびかせながら、ぽつり、と、言った。
「マリウスの、あの瞳が、忘れられない。彼もまた、我がヴァイスハルト家の、血がもたらした、犠牲者だったのかもしれないわ」
その声には、彼女が、これから、一生、背負い続けるであろう、宿命の重さが、滲んでいた。
私は、そんな彼女の、隣に立つ。
「いいえ、お嬢様。あなたは、決して、過去と同じ道を、歩みはしません」
私は、きっぱりと、言った。
「あなた様には、私がおります。そして、シルヴィア様も。私たちは、あなた様と共に、その運命と、戦います」
私の言葉に、セレスティーナ様は、ふわり、と、その美しい唇に、微笑みを浮かべた。
「…ええ、そうね。私は、もう、一人ではないのだから」
仮初めの、しかし、確かな勝利が、私たちの間に、穏やかな、時間をもたらす。
だが、その、束の間の平穏は、唐突に、破られた。
ふと、気づくと、夜空の色が、変わっていた。
紺青だったはずの、星空が、まるで、巨大な痣のように、不気味な、深い紫色へと、変色していく。
エーテルが、悲鳴を上げている。大潮期が、すぐそこまで、迫っているのだ。
そして、その、空の変化と、時を同じくして。
私の、こめかみを、キリ、という、鋭い痛みが、貫いた。
(…この、痛みは…)
そうだ。あの、禁書庫で、感じたものと、同じ。
微弱だが、確かな、「時の残響」が、私の、覚醒したばかりの、未来視の能力に、不協和音となって、響いてくる。
それは、これから、この世界に、訪れるであろう、巨大な、嵐の、前触れだった。
セレスティーナ様は、不気味な空を。
私は、その空がもたらす、見えない、時の軋みを。
私たちは、言葉もなく、ただ、それぞれの、五感で、同じ、脅威を、感じ取っていた。
本当の戦いは、まだ、始まってもいない。
私たちは、その、圧倒的な、事実を前に、ただ、並んで、立ち尽くすことしか、できなかった。
第三章の、エピローグです。事件は解決しましたが、より、大きな謎と、脅威が、二人の前に、立ち塞がります。次回、次章へと繋がる、旅立ちの決意が、描かれます。
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