第八十話:真犯人の告白と、歪んだ正義
狂気の禁書庫に静寂が戻った。
私たちの前に打ちのめされ膝をついているのはライネスティア派閥の上級生。その瞳には敗北への絶望と私たちのそのありえない連携への純粋な恐怖の色が浮かんでいた。
「……終わりよ」
セレスティーナ様の氷のように冷たい声が響く。
「言いなさい。なぜこのような真似を。誰の指示で?」
上級生はしばらく虚空を見つめていた。だがやがてその唇が乾いた笑いの形に歪んだ。
「……クク……アハハハハ! まさかこんな小娘一人とそのメイドに私の全てが打ち破られるとはな!」
彼は憎悪に満ちた瞳でセレスティーナ様を睨みつけた。
「私の名はマリウス。あなた方がその歴史から消し去ったライネスティア分家の末裔だ」
その言葉に私は息を呑む。私の脳裏にあの吹雪の幻視がよみがえった。
「そうだ……」マリウスは続ける。「我が一族は数代前の『災厄の器』……お前たちの先祖が引き起こした魔力暴走によって全てを失った! ヴァイスハルト家がその責務を怠ったせいだ!」
彼の告白は私の幻視と完璧に一致していた。
「私は全てを失い復讐だけを誓って生きてきた。そんな私を拾い上げてくださったのがあの方だ……『二つ頭の蛇』のもう一つの首。私の後見人でもあるあのお方だ」
彼はそこで言葉を切りその瞳に狂信的な光を宿した。
「あの方は私に真実を教えてくださった。『律章復興派』の崇高なる理想を!」
彼は叫んだ。もはやその声は憎悪ではなく歪んだ祈りのようだった。
「ヴァイスハルト家という呪われた血筋が存在する限り、いつかまた同じ悲劇が繰り返される! この歪んだ歴史を正しき流れへと紡ぎ直すのだ! そのためには悲劇の根源であるお前たち『災厄の器』をこの世から完全に消し去らねばならん! それこそが真の正義だ!」
そのあまりに独善的で狂気に満ちた正義。
セレスティーナ様はその言葉をただ黙って聞いていた。その横顔には怒りでも悲しみでもなくただ自らが背負う血の宿命のそのあまりの重さに耐えるような色が浮かんでいた。
「……あの方の名を言いなさい」
セレスティーナ様が静かに問う。
だがマリウスは不気味に微笑むだけだった。
「言ったはずだ。崇高なる理想には犠牲がつきものだと」
彼は懐から小さな黒い水晶を取り出すとそれを躊躇なく握り潰した。
一瞬の闇。
彼が倒れた時その瞳からは全ての光が消え失せていた。自らの手でその記憶と魂を破壊したのだ。
残されたのは物言わぬ骸と私たち二人だけ。
目の前の一つの戦いは終わった。
だが私たちは知ってしまった。
私たちの本当の敵がただの貴族の派閥争いなどではなくこの国の歴史そのものに深く根を張る巨大な狂気の思想であることを。
セレスティーナ様は静かに私の手を取った。その手は氷のように冷たかった。
私たちは言葉もなくただ互いの存在を確かめ合うようにその手を強く握りしめた。
ついに、敵の、思想と、その一端が、明らかになりました。ですが、黒幕は、まだ、深い闇の中。次回、仮初めの勝利と、次なる戦いへの、序章が、始まります。
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