第七十九話:女王とメイドの、二重奏(デュエット)
私が意識を取り戻した時、最初に感じたのは頬に触れるセレスティーナ様の冷たい指先の感触だった。
「リリア! しっかりしなさい!」
彼女は本の竜巻をその絶大な魔力で無理やりこじ開け、私の側に駆け寄ってくれていたのだ。
私の魂核は激しく消耗し、指一本動かすのも億劫だった。だが私の意識はこれまでにないほど鮮明に澄み渡っていた。
妖霊たちの狂った囁き声はもう聞こえない。
代わりに私の脳裏にはこの空間でこれから起こる全ての「音」が完璧な楽譜として映し出されていた。
「お嬢様……」
私はか細い声で囁いた。
「左から呪詛の矢が……三秒後来ます」
セレスティーナ様は一瞬だけ目を見開いた。だが彼女は決して疑わなかった。
私の言葉を絶対の真実としてその気高き魂に刻み込む。
彼女は私を庇うように立ち上がると何もないはずの左手の空間に凍晶‐シアンの完璧な氷壁を展開した。
――三秒後。
虚空から紫色の禍々しい光の矢が迸り、氷壁に音もなく激突し砕け散った。
それを合図に。
私たちの反撃の二重奏が始まった。
「床下に魔術式! 下がって!」
私の叫びと同時にセレスティーナ様が氷の魔力で後方へと跳躍する。次の瞬間彼女が立っていた床が呪詛のルーンに黒く焼け焦げた。
「天井です! 三時の方向に氷柱を!」
セレスティーナ様が天を仰ぐ。その指先から数条の鋭い氷の槍が寸分の狂いもなく天井の闇へと突き刺さった。闇の中から短い苦悶の声が響く。
未来視によって敵の次の一手を完全に先読みする私。
その指示を受け完璧なタイミングで防御と反撃を繰り出すセレスティーナ様。
犯人は狼狽していた。なぜ自分の完璧な奇襲が全て読まれているのか。
彼は最後の切り札として幻影の魔法を行使した。数体の彼自身の幻が四方からセレスティーナ様へと襲い掛かる。
「幻影です! 惑わされないで! 本体はあの書架の裏!」
セレスティーナ様は襲い来る幻影には目もくれない。
ただ私の言葉だけを信じて。
全ての魔力をただ一点に集中させる。
「――終わりよ」
彼女のその静かな呟きと共に巨大な氷の薔薇が指定された書架を根本から完全に凍てつかせ、そして粉々に砕き散らせた。
轟音と共に書架の残骸の中から一つの人影が床に転がり落ちる。
フードがはだけその素顔が露わになった。
それはライネスティア派閥の見覚えのある上級生の顔だった。
彼は呆然と私たちを見上げていた。
その瞳には敗北への絶望と、そして私たちのそのあまりに完璧な連携への純粋な恐怖の色が浮かんでいた。
セレスティーナ様はその打ちのめされた敵の前に静かに立つ。
その姿はまさに全てを統べる氷の女王。
私は彼女のその気高い背中に支えられるようにゆっくりと体を起こした。
私たちの最初の戦いは今終わりを告げたのだ。
ついに、犯人を、追い詰めました。リリアの未来視と、セレスティーナ様の環流術。二人の力が合わされば、もはや、敵なしです。ですが、本当の黒幕は、まだ、闇の中。次回、真犯人の口から、その、歪んだ動機が、語られます。
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