第七十八話:『未来視』の覚醒
世界から音が消えた。
妖霊たちの狂った不協和音も渦巻く本の風切り音も全てが遠い。
私の燃え上がる魂核が奏でるただ一つの旋律だけが私の世界の全てだった。
昂ぶった魂がこの狂った禁書庫に満ちる「時の残響」と共鳴する。
私の能力がその限界を超えて覚醒したのだ。
それはもはや過去の残留思念ではなかった。
私の脳裏に灼熱の鉄印のように焼き付いたのはこれからほんの数秒後に訪れる絶対的な「未来」。
巨大な書架がどの角度で傾き、どの箇所から砕け、その破片がどのように飛び散るのか。そしてセレスティーナ様がその奔流にどのように飲み込まれていくのか。その死に至るまでの全ての道筋が完璧な設計図として私の魂に流れ込んできた。
だがその絶望の設計図のほんの片隅に。
ただ一箇所だけ死の奔流が決して届かない奇跡のような安全な空間が確かに存在した。
時間はない。
私は残された全ての力を声に変えた。
この狂った迷宮を切り裂き、私のたった一人の女王に届けるための絶対的な命令として。
「お嬢様、右へ三歩ッ!」
渦巻く本の壁の向こう側。
セレスティーナ様はその悲鳴のような私の声に一瞬だけ肩を揺らした。
だが彼女は決して疑わなかった。
理由など問わなかった。
ただ絶対的な信頼だけでその気高き体を動かした。
氷の魔力が彼女の足元で小さく爆ぜる。その推進力で彼女は指示された通り寸分の狂いもなく右へと三歩跳んだ。
――その〇・五秒後。
轟音。
世界が揺れた。
巨大な書架は悪魔の顎のようにセレスティーナ様がほんの数秒前まで立っていたその場所を完全に圧し潰した。
何トンもの木材と羊皮紙の塊が床を砕き、爆風が禁書庫の空気を激しく震わせる。
やがて埃が少しだけ晴れる。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
破壊の限りを尽くされた絶望的な瓦礫の山。その中心に。
たった一箇所だけまるで神の御業のようにぽっかりと残された安全な空間。
そこにセレスティーナ様はただ一人凛として立っていた。
その月白色の瞳が驚愕に見開かれ、本の壁の向こう側……私の方を真っ直ぐに見つめていた。
幻視が途切れる。
私の世界に再び音が戻ってきた。
そして魂を根こそぎ使い果たしたかのような凄まじい消耗感が私を襲う。
私はその場に膝から崩れ落ちた。
霞む視界の中セレスティーナ様の無事な姿だけを目に焼き付けて。
(……よかった……)
それだけを思うと私の意識は深い深い闇の中へと沈んでいった。
リリアの力が、ついに覚醒しました。それは、ただのサイコメトリーではなく、未来を視る力。絶望的な状況の中、二人の絆が、奇跡を起こします。次回、女王とメイドの、反撃の二重奏が、始まります。
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