第七十六話:狂気の禁書庫と、妖霊の不協和音
黒曜石の扉が地響きのような音を立てて閉ざされる。
完全な闇と墓場のような静寂。私とセレスティーナ様は互いの存在だけを頼りにその場に立ち尽くした。
次の瞬間壁に埋め込まれた灯火石が青白い光を放ち、私たちの目の前に信じがたい光景を映し出した。
「……なんて場所なの」
セレスティーナ様が息を呑む。
そこはもはや図書館と呼べるような秩序のある空間ではなかった。書架はありえない角度で歪み、天を突くようにあるいは奈落へと続くかのように無限に続いている。物理法則がここでは意味をなさない。
そしてそれはやってきた。
最初はただの耳鳴りのような音。だがそれは瞬く間に数千、数万もの人の囁き声へと変わっていく。
『――愛している』『なぜ裏切った』『答えはそこにはない』
本に記された言葉、それを読んだ者たちの思念、その全てが濁流となって私の脳へと流れ込んでくる。
「リリア、しっかりなさい!」
セレスティーナ様の鋭い声がかろうじて私の意識を繋ぎとめる。
ここは古代の妖霊が守護する時が澱む迷宮。この囁き声は妖霊たちが奏でる鳴線の残響なのだ。
私の暴走しかけているサイコメトリー能力がその狂気の旋律を一音も逃さず拾い上げてしまっている。
私たちが父君の道しるべを頼りにその迷宮の中心へと足を踏み入れたその時だった。
床と壁に紫色の呪詛のルーンが一斉に浮かび上がる。
「罠……!」
犯人が仕掛けた古代の結界術。それは私たちを閉じ込めるだけでなくこの禁書庫の秩序そのものを内側から破壊するための悪魔の仕掛けだった。
妖霊たちの囁き声が絶叫へと変わる。
結界術によって彼らを縛っていた古代の契約が乱されたのだ。怒りと苦痛に狂った妖霊たちが私たちを侵入者として認識する。
書架から何百冊もの本が意志を持った鳥のように私たちへと襲い掛かってきた。
「シルヴィア様から預かったお守りを!」
私は懐からドルヴァーン家に伝わるという「対妖霊装備」……音を中和する聖なる香木が詰められた小さな護符を取り出した。
だがそのか細い香りは高位の和音霊が放つ狂気の不協和音の前に一瞬でかき消されてしまう。
和音霊が甲高い咆哮を上げる。
次の瞬間私たちの間に渦巻く本の竜巻が壁となって立ち塞がった。
「きゃっ!」
私はその圧倒的な力になすすべもなく吹き飛ばされる。
床に強く体を打ち付け咳き込みながら顔を上げる。
だがそこにセレスティーナ様の姿はもうなかった。
ただ狂ったように本が舞い踊る壁がそこにあるだけ。
「お嬢様ッ!」
私の悲痛な叫びは狂気の囁き声のその巨大な奔流の中に虚しく吸い込まれていった。
ついに、犯人の罠が、発動しました。古代の妖霊が暴走する、狂気の禁書庫で、二人は、離れ離れになってしまいます。次回、絶体絶命の状況の中、リリアの力が、ついに、その、真の姿を、現します。
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