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第七十五話:父の道しるべと、束の間の静寂

 契晶獣の発見は私たちの調査に大きな進展と、それ以上の謎をもたらした。

 敵の技術系統がライネスティア家とは異なること。そしてその手が寒冷北州にまで及んでいる可能性。その事実はセレスティーナ様にある確信を抱かせた。


「……父上の本当の研究記録にたどり着かなければならない。そこに全ての答えがあるはずだわ」


 その日から彼女は何かに取り憑かれたかのように父君が遺した暗号の解読に没頭した。

 そして数日が過ぎた月が美しい夜。

 秘密の温室でセレスティーナ様は広げられた約束の天文暦と古い羊皮紙を交互に見比べながら、ついにその答えを導き出した。

「……見つけたわリリア。父が遺した最後の道しるべを」

 彼女の声は疲労と、そして興奮に震えていた。

 暗号が示していたのは禁書庫のさらに奥深く。地図にも載っていない未整理区画に隠された秘密の書斎の場所だった。


 私たちはすぐに行動を開始した。

 シルヴィア様に後事を託し、二人きりで深夜の天媒院を音もなく進む。

 禁書庫の最深部。そこにその扉はあった。

 何百年もの間誰の訪れも拒んできたかのような黒曜石でできた巨大な扉。


 私たちはその圧倒的な威圧感を放つ扉の前で足を止めた。

 高い天窓から差し込む白銀の月光が空気中を舞う無数の埃をきらきらと照らし出している。私たちの白い吐息だけが音もなくその光の中に溶けては消えていった。

 温室の暖かな喧騒とは対照的な絶対的な静寂。

 その静寂の中でセレスティーナ様がふと私に向き直った。


「……リリア」

 その声はいつもの氷のような響きではなくどこかか細く、そして温かかった。

「ありがとう。あなたがいなければ私はここまで来られなかった。父の遺志を継ぐ勇気も持てなかったでしょう」

 それは彼女が初めて見せた完璧な鎧の下にある一人の少女としての素直な心の内だった。


(ああ、我が君……)

 私の胸が熱くなる。込み上げてくる万感の想いを私はただ一つの言葉に込めた。

「お嬢様がご自身の力でここまでいらっしゃったのです。私はその光にほんの少し照らしていただいたに過ぎません」

 私は彼女の冷たくなった手をそっと両手で包み込んだ。

 言葉はもういらなかった。ただ互いの存在を確かめ合うように私たちは束の間静かに見つめ合った。


 やがてセレスティーナ様は頷くと扉へと向き直った。

「行きましょう。父が待っているわ」

 彼女が扉にそっと手を触れる。

 ヴァイスハルト家の血とその凍晶‐シアンの魔力に呼応し、黒曜石の扉が地響きのような音を立ててゆっくりと開き始めた。


 扉の向こうに広がるのは全てを呑み込むような深い深い闇。

 それが犯人が仕掛けた最後の罠であると分かっていても。

 私たちはもう進むしかなかった。

 二人は、顔を見合わせ、一つ頷くと、その闇の中へと決然とその一歩を踏み出した。



 束の間の、静かな、そして、美しいシーンでした。ですが、この静寂は、次なる嵐の前触れに過ぎません。次回、禁書庫の最深部で、リリアたちは、古代の妖霊と、犯人の悪意に、立ち向かいます。


ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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