第七十四話:昆虫型契晶獣の捕獲と、北州の鉱石
イザベラ様という嵐が去った後、半壊した第二工房には焦げ臭い匂いと静寂だけが残された。
「衛兵が来る前に急いで!」
私の言葉にセレスティーナ様とシルヴィア様が頷く。私たちはイザベラ様が残した瓦礫の山の中から犯人が残したであろう「置き土産」を探し始めた。
それは焦げ付いた木材と砕けた石材の隙間で月光を鈍く反射していた。
「……これ……」
私がそっと瓦礫をどけるとそこには手のひらほどの大きさの黒光りする昆虫のような機械が横たわっていた。多関節の脚が数本もげ、甲殻の一部がひしゃげている。だがその内部で微かな青い光が弱々しく点滅しているのが見えた。
「契晶獣……! やはり遠隔操作で……!」
その時契晶獣の光が青から赤へと変わり、点滅の間隔が速くなった。甲高い耳障りな駆動音が鳴り響く。
「まずいわ、自爆する気よ!」
シルヴィア様が叫んだ。
証拠が目の前で消し飛ぶ。私が咄嗟に手を伸ばそうとしたその瞬間。
「――下がってリリア」
静かな、しかし絶対的な命令。セレスティーナ様が私の前に立つ。
彼女はその白い指先を契晶獣へと向けた。
「凍晶‐シアン……氷檻」
詠唱はほとんど聞こえないほど速く、そして正確だった。
一瞬にして契晶獣の周囲の空気が凍りつき、極薄の氷の膜がその機体を完全に封じ込める。赤い点滅は青白い氷の中でゆっくりと光を失っていった。
「……お見事ですお嬢様」
「行きましょう。ここで長居は無用よ」
私たちは氷漬けになった契晶獣を布に包み、秘密の温室へと急いだ。
温室のテーブルの上に置かれた禍々しい機械の骸。シルヴィア様がドルヴァーン家に伝わるという精密な工具を使いその分析を始める。
「……すごい。ライネスティア家の魔術工学とは全く系統が異なりますわ。無駄がなく冷徹で、まるで生き物を改造するような……」
彼女が慎重に契晶獣の胸部装甲をこじ開ける。
その内部に。動力源として一つの小さな鉱石が静かな光を放っていた。それは冷たい氷のような青色をしていた。
それを見た瞬間シルヴィア様が息を呑んだ。
「……嘘よ。これは……『氷鳴鉱石』……。こんなものがなぜここに……」
「知っているのシルヴィア?」
「はい。我が家の古い記録でしか見たことがありません。この鉱石は極寒の地でしかその魔術的な共鳴を起こさない極めて特殊な触媒。そして産出されるのは世界でただ一箇所……」
彼女はゴクリと喉を鳴らした。
「――寒冷北州。妖霊術を操る魔女たちが統治するあの閉ざされた土地だけですわ」
その言葉に私とセレスティーナ様は顔を見合わせた。
寒冷北州。ライネスティア家が簡単に手を伸ばせる場所ではない。
私たちの敵「二つ頭の蛇」はただの貴族派閥などではない。その触手は王都の政治闘争を遥かに超え、この国のもっと深く暗い場所へと繋がっている。
小さな勝利は私たちにそれまでとは比べ物にならないほど巨大で、そして冷たい謎を突きつけていた。
ついに、敵の、異常な技術の、一端が明らかになりました。物語のスケールは、王都の学園から、世界そのものへと、広がっていきます。次回、犯人は、次なる一手として、セレスティーナを、禁書庫の奥深くへと、誘い込みます。
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