第七十三話:赤き戦姫の、誇り高き計算違い
今回登場するイザベラは別作品の主人公も務めています
私たちの調査は確実な、しかし遅々とした歩みで進んでいた。
シルヴィア様の観測によれば、犯人が使う特異なエーテルの「淀み」は、天媒院の旧校舎棟にある、今は使われていない錬金術の第二工房周辺で観測されるという。だがその工房は巧妙な影奏‐ヴァイオレット系統の結界で閉ざされている。下手に手を出せば、即座に犯人に私たちの動きを察知されてしまうだろう。
「手詰まり、ですわね」
秘密の温室でセレスティーナ様が悔しそうに唇を噛んだ。
その時、私の頭脳に一つの悪魔的な、そしてあまりに無謀な閃きが舞い降りた。盤面を力づくでかき乱す、赤い台風の目。彼女を利用しない手はない。
私はフィンをこっそりと呼び出した。
「フィン。あなたに、学園中に流してほしい『噂』があるの」
「へへっ、面白そうだね! でも、タダじゃないよ?」
「もちろん。対価は弾むわ」
私は彼に銀貨数枚と一枚の小さなメモを渡した。
そこに書かれているのは、これから学園を駆け巡ることになる、毒の囁き。
『――聞いた? 最近学園の歴史を嗅ぎまわっている不審者が、今度はツェルバルク家の古い記録を探しているらしいわ。第二工房を根城にしているとか…』
私は、その噂が広まっていく様を既視感を覚えながら見守った。
そしてその日の午後、ついに当事者の耳へと届いた。
「――なんですって!?」
イザベラ・フォン・ツェルバルク様の甲高い声が、談話室に響き渡る。
「陰でこそこそと! 我らツェルバルク家の誇りを汚すなど、万死に値しますわ! 真の正義とは、真正面から、圧倒的な力で下されるもの! ブリギッテ!」
「はっ!」
「わたくしの愛斧を持ってきなさい! 卑劣な鼠に、ツェルバルク流の『対話』を叩き込んでやりますわ!」
その数分後。
第二工房の前に、仁王立ちになった赤き戦姫と、その忠実なる侍女の姿があった。彼女の肩には、その体には不釣り合いな、巨大な戦斧が担がれている。
「問答無用! 我が家の誇りを汚す悪党は、このわたくしが成敗いたします!」
彼女はまず、その戦斧を鉄の扉に叩きつけた。甲高い金属音と共に魔術的な結界が火花を散らす。
「ふん、小賢しい!」
イザベラ様は嘲笑うと、その手に真っ赤な灼閃‐レッドの魔力を集中させた。扉が灼熱の魔力に赤く熱を帯びる。構造が歪んだその瞬間を、彼女は見逃さない。
「喰らいなさい!」
轟音。戦斧の一撃が、赤熱した鉄の扉を無残に砕け散らせた。
私とセレスティーナ様、そしてシルヴィア様がその大混乱の現場に駆けつけた時、そこには誇らしげに胸を張るイザベラ様の姿があった。
「ふん。これで卑劣な鼠も少しは懲りたでしょう」
彼女は私たちを一瞥すると、満足げにその場を去っていった。
残されたのは、半壊した工房と、呆然と立ち尽くす私たち三人。
だが私の目は、瓦礫の山の中に一つの小さな「希望」を見出していた。
イザベラ様のあまりに豪快な「対話」は、犯人が仕掛けていた繊細な結界を物理的に破壊していたのだ。
そして破壊された結界の残骸の下に、犯人が慌てて逃げ出したのであろう置き土産が一つ残されていた。
それは、私たちの反撃の狼煙となる、あまりに重要な手がかりだった。
イザベラの、計算外で誇り高き、そして何より物理的な大暴走でした。彼女のこの行動が、膠着していた盤面を大きく動かします。次回、リリアたちは犯人が残した重要な手がかりを手にします。
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