第七十二話:友の畏怖と、ドルヴァーンの誓い【side:シルヴィア】
秘密の温室での作戦会議を終えた後も私の心は静かに揺れていた。
リリアさんが語ったあの不随意の幻視。そしてクロイツェル教授が口にした「時の残響」という不吉な言葉。
ドルヴァーン家に連なる者として私はそれが自然の摂理からどれほど逸脱した危険なものであるかを肌で感じ取っていた。
私は一人温室の隅で資料を睨みつけているリリアさんの横顔を見つめていた。
彼女はもうただのメイドではない。その華奢な肩にはセレスティーナ様の、そして世界の運命すら左右しかねないあまりに強大で、そして不安定な力が宿っている。
その力はあまりに常軌を逸していて正直に言えば少し怖い。
もし私がこのまま彼女たちの戦いに深く関わっていけば、私も私の家も危険に晒されることになるかもしれない。
私の心の中に迷いがなかったと言えば嘘になる。
その夜。私は誰にも告げず一人天媒院の敷地の最も奥まった場所にある古い古い樫の木の元へと向かっていた。
ドルヴァーン家の者は古来より精霊との対話によって道を見出してきた。
私は月明かりの下木の根元に故郷から持参した清らかな湧き水を捧げる。そして目を閉じ古ヴァルディス語で祈りの詠唱を始めた。
精霊環伺術。それは我が一族にのみ伝わる禁忌にも近い神聖な儀式。
意識が深く深く大地の記憶へと沈んでいく。
やがて私の脳裏に樫の木の精霊がいくつもの断片的な映像を見せてくれた。
それはリリアさんの力が世界に何をもたらすのかという可能性の奔流。
セレスティーナ様を絶望から救い出す輝かしい光のビジョン。
そしてその力の強大さ故に彼女自身が時の奔流に呑み込まれそうになる闇のビジョン。
その混沌とした映像の最後に。
精霊は私に一つの鮮明な悪夢を見せた。
それは未来のある戦いの光景。セレスティーナ様を守るためリリアさんがたった一人で強大な敵に立ち向かっている。彼女が私に助けを求めている。だがその場にいた私は恐怖に足がすくみ動けずにいる。
そして私のその一瞬の躊躇いがリリアさんを致命的な窮地へと追いやってしまうのだ。
「……あ……」
私は現実世界へと引き戻された。頬を冷たい涙が伝っているのが分かった。
あれはただの幻視ではない。精霊が見せてくれた私のあり得べき未来の姿。
友を見殺しにしてしまう臆病な自分の姿。
私はゆっくりと立ち上がった。
心の中の迷いはもうどこにもなかった。
私が恐れるべきは友が持つ未知の力ではない。
友を信じきれずその手を離してしまう自分自身の弱さだ。
温室へと戻るとリリアさんとセレスティーナ様が心配そうな顔で私を待っていた。
「シルヴィア様、どこへ……」
「ごめんなさい、お二人とも。少し考え事をしていましたの」
私は涙の跡をそっと拭うと二人の前に立ち、これまでで一番力強い笑みを浮かべてみせた。
「そして決めました。私は何があろうとお二人の味方です。この命に代えても友を守り抜いてみせますと」
私のその唐突な、しかし何よりも強い誓いの言葉に二人は一瞬驚いたように目を見開いた。
そして次の瞬間セレスティーナ様の氷のような表情がふわりと解け、リリアさんが嬉しそうに笑った。
私たちの本当の絆が試される戦いはまだ始まったばかりなのだ。
今回は、シルヴィアの、内面と、その葛藤を、描きました。彼女の、この誓いが、後の展開で、重要な意味を持つことになります。次回、盤面は、あの、赤き戦姫によって、大きく、かき乱されます。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)




