第六十五話:禁書庫の探求と、世界で一番の特等席
あの日、禁書庫でセレスティーナ様がその心の全てを私に預けてくださってから数日が過ぎた。
私たちの共同作業は新たな、そしてより深い段階へと入っていた。
セレスティーナ様はもう完全に立ち直られた。
いえ、以前よりもずっと、ずっと強く気高くなられたと言った方が正しいかもしれない。
父君が遺した膨大な、そしておぞましい研究記録。その知識の奔流を彼女は驚異的な集中力で吸収し、自らの力へと変えていく。その月白色の瞳には揺るぎない決意の光が宿っていた。
(ああ、我が君! なんという気高さ! なんという強さ! 絶望の淵から自らの力で立ち上がられるそのお姿! まさに白銀の不死鳥! このリリア、我が君の復活記念祭を三日三晩開催したい気分ですわ!)
私は侍女として、そして世界でただ一人のファンとして、その尊いお姿を世界で一番の特等席で拝見できるこの幸福を噛みしめていた。
その日、私たちは父君の記録の中から過去数百年間にわたる「天鎖の環」の対象となった者たちのリストを作成していた。
それはただの名前の羅列ではなかった。一つ一つが声なくして消されていった命の記録。あまりに気が滅入る作業だった。
ふとセレスティーナ様のペンが止まった。
彼女は何も言わない。ただじっと目の前の羊皮紙を見つめている。そのページにはおそらく彼女と同じ年頃の少女の名前が記されていたのだろうか。
彼女のペンを握るその指先が誰にも気づかれないほど微かに、しかし確かに震えているのを私は見た。
(まあ、お疲れが溜まっていらっしゃるのですね、我が君。無理もありませんわ。これほどおぞましい記録を何日も読み解き続けているのですから)
私は彼女のその強さの裏にある疲労を慮った。
(ですがそのような時でも決して弱音をお吐きにならないその精神力! どこまでもお強いお方!)
私は彼女を少しでも休ませるため明るい声で言った。
「お嬢様! この退屈な過去の記録との突き合わせ作業はこのリリアにお任せくださいまし! お嬢様はより高次の理論構築にご専念を!」
「……そう。ではお願いするわ、リリア」
セレスティーナ様は少しだけ安堵したような表情でそう言うと別の机へと向かった。
私はその膨大な死亡記録のリストの海へと身を投じた。一枚が数グラムしかないような薄い羊皮紙の記録。だがその一枚一枚に一つの人生が封じ込められている。
地道で退屈な作業。だが私の前世で培った几帳面さだけが取り柄だ。
一つ、また一つと記録を照合していくその中で。
私は一つの奇妙な違和感に気づいた。
ほとんどの「儀式」は記録上、国の大きな災厄や不作の時期と重なっている。だがごく僅かないくつかの事例だけが何の理由もなく平和な時代に行われているのだ。
そしてその平和な時代に消された者たちの家名は全て。
あのフィンの報告書にあった「二つ頭の蛇」のもう一つの首……あの高名な老貴族と政治的に対立していた家門と一致していた。
全身に鳥肌が立った。
これはただの儀式ではない。
神聖であるべきこの儀式を自らの政敵を合法的に排除するために悪用してきた一族がいる。
「お嬢様!」
私は震える手でその証拠を掴むとセレスティーナ様の元へと駆け寄った。
「ご覧ください! 見つけましたわ! 敵の本当の顔を!」
セレスティーナ様は私のその報告書を受け取ると驚きに目を見開いた。
そして彼女はその証拠を見つけた私を見た。
その瞳には深い、深い感謝と、そして私がまだ知らない感情が宿っていた。
(ああ、我が君がこのリリアの働きを認めてくださっている! なんという幸福! まさに侍女冥利に尽きますわ!)
私は彼女のその眼差しの本当の意味に気づかないまま。
ただ主君の役に立てたという純粋な喜びだけに満たされていた。
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