第六十三話:父の罪と、愛の代償
父君が遺した黒い革張りの研究記録。
そのページをセレスティーナ様は一枚、また一枚と息を詰めてめくっていく。
禁書庫の埃っぽい静寂の中、羊皮紙がかすかに擦れる音だけが響いていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
ふとセレスティーナ様の指が止まった。
彼女のその月白色の瞳がこれまでに見たこともないほど大きく見開かれる。血の気がさっとその美しい顔から引いていくのが、ロウソクの心もとない灯りの中でも分かった。彼女は思わずといったように片手で自らの口元を強く覆った。
その華奢な肩が小刻みに震えている。
(……何が書かれているのですか、お嬢様)
私はただ息を殺して彼女を見守ることしかできない。
彼女が今知ってしまったそのおぞましい「真実」が、どれほどの重さを持つのか。私にはまだ想像することすらできなかった。
彼女の瞳に浮かんでいたのは恐怖。そしてその奥にあるヴァイスハルト家という自らが背負う宿命そのものへの冷たい絶望の色だった。
彼女はまるで呪いから逃れるかのように、そのページを乱暴にめくった。
その瞬間。
一冊の本には不釣り合いな古びた一枚の羊皮紙が、はらりと床に落ちた。
セレスティーナ様がそれを拾い上げる。
それは研究記録ではなく、父君が遺した個人的な手紙だった。
彼女がそのインクが滲んだ文字を追ううちに。
彼女のその凍てついていた表情が少しずつ溶けていく。
強張っていた肩の力が抜け、覆っていたはずのその指の隙間から嗚咽ともため息ともつかないか細い息が漏れた。
そしてその美しい瞳から、ぽつりと一筋だけ涙が零れ落ち、古びた手紙の上に小さな染みを作った。
怒りでも悲しみでもない。
ただどうしようもない運命と、そしてその運命に抗おうとした父の愚かなほどの深い愛情を知ってしまった一人の娘の涙だった。
彼女はその手紙を胸に強く抱きしめる。
そしてまるで迷子のようにか細い声で私の名を呼んだ。
「……リリア」
私は何も言わなかった。
どんな慰めの言葉も今の彼女の前では、あまりに空虚で無力だ。
私は静かに彼女の側に歩み寄る。
そしてその冷たくなった震える手を両手でそっと包み込んだ。
大丈夫、あなた様は一人ではありませんと。ただその想いだけが伝わるように願いながら。
セレスティーナ様は私のその温もりにすがるように小さな手を握り返してきた。
彼女は涙に濡れた瞳で私を見上げ、そして問うた。
その声は世界で最も孤独な響きをしていた。
「ねえ、リリア……私は生まれてきてはいけなかったのかしら……?」
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