第六十二話:禁書庫と、父の道しるべ
論文会での勝利から数日が過ぎた。
学園内でのセレスティーナ様への風当たりは劇的に変化した。これまでの侮蔑や好奇の視線は畏敬と、そして僅かな恐怖をはらんだものへと変わった。ラザルス様をあれほど完璧に公衆の面前で打ち破ったのだ。もはや彼女をただの「不吉な銀髪の令嬢」として侮る者はいなかった。
そして今日、私たちはその勝利の対価として得た最大の権利を行使すべく、天媒院の塔の最深部に立っていた。
目の前には禁書庫へと続く黒曜石でできた巨大な扉。その表面には古代のルーン文字が青白いエーテルの光を放ちながら蠢いている。
「――論文会の勝利者、ヴァイスハルト嬢だな」
どこからともなく現れたのは、禁書庫の管理人だという年老いた、しかしその瞳だけが剃刀のように鋭い魔術師だった。
「入るがいい。だが忠告しておく。ここの『知識』は時に持ち主を喰らう。覚悟はできておるかな?」
「ええ。覚悟はとうにできておりますわ」
セレスティーナ様はきっぱりとそう答えると、褒賞の証である白銀の鍵を扉の中央にある複雑な紋様の鍵穴へと差し込んだ。
ルーンの光が激しく明滅し、数トンはあろうかという重い扉が地響きのような音を立ててゆっくりと開いていく。
禁書庫の中は異様な空間だった。
物理法則が僅かに歪んでいるかのように、書架がどこまでも無限に続いているように見える。空気は澱んだエーテルで重く満たされていた。まるで時間の流れそのものがこの場所だけ止められてしまっているかのようだ。
(すごい……。これが伝説の古代図書館……。まるでゲームの最終ダンジョンみたいですわ! しかも麗しの我が君と二人きりのパーティー! これはもう冒険です! 私たちの愛と知略の冒険が今始まるのですわ!)
私の内心の興奮をよそに、セレスティーナ様は懐からあの父君が遺した道しるべを取り出した。
「……行きましょう、リリア。父が遺してくれたこの真実の目録を頼りに」
だが探索は困難を極めた。
禁書庫の蔵書は膨大で、その配置はまるで迷宮のように不規則だった。父君の目録もそれ自体が一種の複雑な謎解きになっていた。
私たちはセレスティーナ様の魔術的な直感と、私の前世で培ったわずかな図書館学の知識を総動員し、何時間もその知識の迷宮を彷徨った。
そしてついに、私たちは目録が示す最後の書架へとたどり着いた。
だがそこに目的の文献はなかった。
代わりにヴァイスハルト家の紋章が控えめに刻まれた一冊の何の変哲もない古い詩集がぽつんと置かれているだけだった。
「……どういうこと?」
セレスティーナ様が愕然とする。
だが私はその詩集にある違和感を感じていた。
「お嬢様、お待ちください。このページの隅……インクの滲み方が不自然です」
私はその詩集を手に取るとある法則性に気づいた。特定のページの特定の行の頭文字だけが僅かに大きく書かれている。
私はその文字を順番に拾い上げていった。
「『……わが、つばさ、ひかり、もとめ、だいち、に、ねむる……』」
それは父君から娘へ遺された最後の暗号だった。
セレスティーナ様はその意味を瞬時に理解した。彼女は書架の一番下の段、その床板へと視線を落とす。
「父上……こんなところにまで……」
彼女が床板の紋章が彫られた部分にそっと手を触れると、そこが偽装された小さな引き出しになっていることが分かった。
その中に。
一冊の古びた黒い革張りの本が静かに眠っていた。
セレスティーナ様が震える手でその本を開く。
最初のページには見慣れた力強い筆跡でこう記されていた。
『――我が愛しき娘、セレスティーナへ。もし君がこれを読んでいるのなら、私はもう君の側にはいないのだろう』
それはヴァイスハルト家に代々受け継がれてきた「災厄の器」の真実と、その過酷な運命に抗うための父君の血と涙の研究記録だった。
私たちはゴクリと喉を鳴らし、その禁断の知識のページをめくり始める。
私たちの本当の戦いは今、この瞬間から始まるのだ。
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