第六十一話:勝利の夜と、共犯者たちの祝杯
論文会でのあの劇的な勝利の夜。
私たちはいつもの秘密基地である温室に集まっていた。
テーブルの上には、私が厨房の料理長にこっそり頼み込んで作ってもらったささやかなオードブルの盛り合わせと、シルヴィア様が故郷から取り寄せてくれたドルヴァーン領特産の数リットルはあろうかという美しい琥珀色の果実酒が並んでいる。
「――私たちの勝利に」
セレスティーナ様が静かに、しかし誇り高くティーカップを掲げた。
「――真実の勝利に」
シルヴィア様が優しくそれに応える。
「――我が君の輝かしい未来に!」
私が高らかにそう言うと、セレスティーナ様から「リリア、あなただけ何か趣旨が違うわよ」と呆れたような、しかしどこか楽しげな視線が向けられた。
三人のカップがカチンと心地よい音を立てる。
セレスティーナ様はそっと果実酒に口をつけると、感慨深げに息を吐いた。
「あなたたちがいなければ、私は今も氷の檻の中にいたままだったわ。……ありがとう、リリア、シルヴィア」
そのあまりに素直な感謝の言葉。
(ああ、我が君がデレていらっしゃる……! この歴史的瞬間を私はこの目に焼き付けて……! 全身の細胞にこの尊さを刻み込まなければ……!)
私が内心で打ち震えていると、温室の扉が勢いよく開かれた。
「なんですの! わたくしを抜きで祝勝会ですって!? 許しませんわよ!」
そこに立っていたのは真紅のドレスのイザベラ様だった。侍女ブリギッテがその後ろで巨大な燻製肉の塊を恭しく捧げ持っている。
「勝利の宴には筋肉を喜ばせる良質なタンパク質が不可欠ですの! さあ皆様、お食べなさい!」
彼女はそう言うとテーブルの上にドンとその肉塊を叩きつけた。
さらにひょっこりとフィンが顔を出す。
「へへっ、お祝いに駆けつけちゃいました! 差し入れの月芋パイだよ!」
私たちの静かな祝勝会は一瞬にしてカオスな宴へと姿を変えた。
燻製肉に豪快にかぶりつくイザベラ様。その隣で呆れ果てているセレスティーナ様。困ったように、でもどこか楽しそうに笑うシルヴィア様。
(カオス! まさにカオス! だがこれが勝利の味……! なんて素晴らしい光景なのでしょう!)
私はこの奇跡のような夜を心のアルバムに永遠に保存することを誓った。
宴が少しだけ落ち着いた頃。
私はフィンを温室の隅へと手招きした。
「フィン。……次の仕事よ」
「へへっ、待ってました!」
「例の慈善団体の裏……『二つ頭の蛇』のもう一つの首を探ってほしいの。ただし今度は相手もこちらを警戒している。危険な仕事になるわ」
私は報酬の入ったずしりと重い革袋を彼に渡す。それはこれまでの数倍の金額だった。
フィンはその重みを確かめるとニヤリとその口元を歪めた。
「面白くなってきたね! 任せといてよ、リリアさん!」
その会話をセレスティーナ様とシルヴィア様が静かに聞いていた。
セレスティーナ様は私に向き直るときっぱりと言った。
「リリア。闇の調査はあなたとフィンに任せるわ。私は光の道を進む」
「と、仰いますと?」
「論文会の褒賞として、私は『禁書庫』への自由なアクセス権を手に入れた。父が遺してくれたあの道しるべを使って、ヴァイスハルト家の本当の宿命を、そしてこの呪われた血を根本から覆す方法を見つけ出してみせる」
その瞳には論文会で勝利を収めた自信と、次なるより大きな戦いへの覚悟が宿っていた。
祝勝会の賑やかな夜。
その片隅で私たちは確かに次なる戦いの狼煙を上げていた。
ラザルス様がこのまま黙っているはずがない。
そしてまだ見ぬもう一つの蛇の頭は今も暗闇の中で静かにその毒の牙を研いでいるのだろう。
私は仲間たちと楽しそうに語らうセレスティーナ様のその幸せそうな横顔を見つめながら、固く誓った。
(我が君のこの笑顔を未来永劫守り抜いてみせる。たとえこの先にどれほどの闇が待ち受けていようとも!)
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