第六十話:白銀の翼と、真実の刃
セレスティーナ様がその小さな羊皮紙――私たちの真実の刃――を静かに掲げた瞬間。
数百平方メートルはあろうかというあの大講義室が、息を呑む音だけで満たされた。
「……何を馬鹿なことを」
ラザルス様がかろうじてそう絞り出す。その完璧なポーカーフェイスに初めて焦りの色が浮かんでいた。「それはただの根拠のない紙切れだ。ヴァイスハルト家による悪質な捏造に過ぎない」
「捏造ですって?」
セレスティーナ様はその言葉を氷の微笑で受け流した。
「よろしいでしょう。ではこの『紙切れ』に記された錬金術的な事実を、皆様の前でご説明差し上げますわ」
彼女はまるで子供に物語を読み聞かせるかのように、落ち着き払った声で語り始めた。それは昨夜、私が彼女に必死にレクチャーした前世の科学捜査の知識そのものだった。
「この分析結果によれば、ライネスティア家の歴史書、そのヴァイスハルト家に関する記述が集中する特定のページにのみ、極めて特殊な古代のインクが使用されています。その主成分は数百年前に製造が禁止された希少な鉱物。……これは何を意味するか、聡明な皆様なら、もうお分かりですわね?」
(そうよ、我が君! もっと言ってやってくださいまし! その通り! 前世で私が学んだ科学捜査の基本! 偽造文書の見破り方講座ですわ! まさか異世界で我が君のお口からその講義を聞ける日が来ようとは! 感無量にも程があります!)
私の内心は感動の嵐でぐちゃぐちゃだった。
セレスティーナ様の論理的な追撃は止まらない。
「あなた方のご先祖は古い無地の羊皮紙の上に、古代のインクの製法を悪用して自分たちに都合の良い偽りの歴史を後から書き加えたのです。ヴァイスハルト家を不吉な呪われた血筋として貶めるために」
ラザルス様の顔からサッと血の気が引いていく。
彼の完璧な理論はその土台そのものが偽りであったと、満場の前で証明されてしまったのだ。
会場の空気が完全に逆転する。
ラザルス様へ向けられていた賞賛の視線は、今や不信と軽蔑の色へと変わっていた。
セレスティーナ様は勝利を確信しながらも、決して驕らない。
彼女は打ちのめされたラザルス様から会場の全ての貴族たちへと、その視線を移した。
「歴史とは誰かの都合で書き換えられて良いものではありません。それは私たちの過去を映し、未来を照らす神聖な鏡なのですから」
その声はもはやただの令嬢のものではなく、国を導く指導者の声だった。
「ヴァイスハルト家の『銀の翼』は呪いではありません。この国を、民を、そして揺るぎなき真実を守るための誇り高き祝福の証。私はその血をこの身に受け継いだことを、今この瞬間何よりも誇りに思います!」
彼女のその力強い宣言。
それが会場の全ての者の心を打ち、やがて誰からともなく拍手が起こった。それはすぐに万雷の心からの喝采となって大講義室を揺るがした。
拍手の嵐の中、セレスティーナ様は演台から私にだけそっと視線を送る。
その月白色の瞳には「やったわよ、リリア」という共犯者への最高の笑顔が浮かんでいた。
私は涙で滲む視界の中、ただ何度も、何度も頷き返した。
(――はい、我が君。見事でございました……。ええ、ええ、最高の、最高の舞台でしたとも……。もう思い残すことは……いえ、まだまだ! 私の推し活はここからが本当の始まりなのですから!)
その熱狂の片隅で。
打ちのめされ顔を上げられないラザルス様の肩を、そっと叩く者がいた。
アルベール・クロイツェル教授だ。
彼はラザルス様にしか聞こえない声で静かに、しかし残酷に囁いた。
「……言っただろう。蛇の首は一つじゃないと」
そして全てを見透かしたような不気味な笑みを浮かべて、その場を去っていった。
私たちの華々しい勝利。
その裏でもう一つの本当の戦いの幕が静かに上がろうとしていた。
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