第五十九話:偽りの歴史と、女王の第一声
建国王祭記念論文会が厳粛な雰囲気の中始まった。
最初の発表者たちが緊張した面持ちで次々と登壇しては降壇していく。そのどれもが王立天媒院の学生らしく、よくまとまった優等生的な内容だった。
だが会場にいる誰もが、本当の戦いがまだ始まっていないことを知っていた。皆が待っているのは二人の宿命づけられた天才の直接対決だ。
やがて議長がその名を告げた。
「――次にライネスティア公爵家嫡子、ラザルス・フォン・ライネスティア卿」
会場の空気が一変する。
ラザルス様は静かに立ち上がると優雅な所作で演台へと向かった。その姿には一点の隙もない。
そして彼の発表が始まった瞬間、私は戦慄を禁じ得なかった。
彼の論文は完璧だった。
公式な歴史書に記された膨大なデータを引用し、この国のエーテル理論がいかにして変遷してきたかを完璧な論理で解き明かしていく。その理路整然としたプレゼンテーションは、もはや学生のレベルを完全に超えていた。
(くっそ、このインテリ眼鏡め……! パワポがあったら絶対にアニメーション効果とか使いこなして聴衆を魅了するタイプだわ……!)
私は表面上は完璧な無表情を保ちながらも、内心では前世の記憶を交え忌々しげに悪態をついていた。
そして彼の議論の矛先は静かに、しかし確実にセレスティーナ様へと向けられる。
「――以上のように古代において異常に高いエーテル適合性を持つ者は、その力の制御が極めて困難であったと記録されています。それは祝福であると同時に、常に暴走の危険をはらんだ、いわば不安定な力の象徴でもあったのです」
彼は一度もセレスティーナ様を見ない。だがその言葉は鋭い毒矢となって、会場の全ての貴族たちの心に「銀髪はやはり不安定で危険なのだ」という印象を深く、深く刻みつけていく。
発表が終わる。万雷の拍手。
会場の空気は完全にラザルス様のものになっていた。誰もが彼のその完璧な理論に魅了され、そして納得していた。
その絶望的な空気の中、議長が次の名を告げた。
「――次にヴァイスハルト公爵代理、セレスティーナ・フォン・ヴァイスハルト嬢」
全ての視線が突き刺さる。同情、好奇、そして侮蔑。
だがセレスティーナ様はその全てを女王の如き威厳で受け止めた。
彼女は静かに立ち上がる。そして私とシルヴィア様だけに分かるように、ほんのわずかにその美しい唇の端を吊り上げた。
(ああ、ああ、ああ! 我が君! 我が女王様! その不敵な微笑み! 最高のファンサービスでございます! このリリア、この瞬間のために生きてきました! 録画! 永久保存! 国宝に、いえ世界遺産に登録申請を!)
私の推し活魂が臨界点を超えて爆発する。
セレスティーナ様はゆっくりと演台へと進み出た。
そしてその凛とした第一声が静まり返った会場に響き渡った。
「――ライネスティア卿。あなたのその壮麗な歴史書は実に見事な『創作物』ですわね」
会場が水を打ったように静まり返る。そして次の瞬間、大きなどよめきに包まれた。
ラザルス様の完璧なポーカーフェイスが初めてピクリと引きつったのを、私は見逃さなかった。
セレスティーナ様はその反応を楽しむかのように続ける。
「文字に記された歴史だけが真実ではありません。この大地と風と水が記憶するもう一つの歴史……『森のおとぎ話』を皆様にお聞かせしましょう」
彼女はシルヴィア様から授かった精霊たちの口伝を語り始めた。ヴァイスハルト家の祖先がかつて「銀の翼」と呼ばれた気高い祝福の存在であったという、公式記録とはあまりにかけ離れた真実の物語を。
ラザルス様はその話を嘲笑うかのように腕を組み聞いている。彼にとってそれは追い詰められた令嬢が最後にすがる感傷的な「おとぎ話」にしか聞こえなかったのだろう。
セレスティーナ様は物語を語り終えると、そんな油断しきった彼に氷の微笑を向けた。
「もちろんただのおとぎ話では証拠にはなりませんわね」
彼女は懐から一枚の小さな羊皮紙を取り出した。クロウリー商会による「インクの分析結果」が記された、私たちの勝利を約束する切り札だ。
「ですがライネスティア卿。あなたのその完璧な『歴史書』そのものが物理的に偽物であるとしたら……? 物語は少しだけ変わってくるのではなくて?」
彼女がその真実の刃をラザルス様の喉元に突きつけたその瞬間。
私は心の特等席でガッツポーズを決めていた。
(キタァァァァァ! 我が君の完璧なカウンター! さあインテリ眼鏡! あなたのその完璧なポーカーフェイスが崩れ落ちる瞬間を、とくと拝見させていただきますわ!)
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