第五十五話:共犯者たちの論文と、赤き援護射撃
私たちの秘密基地と化した植物園の温室。
そこには三人の共犯者たちと、この国の歴史を覆すための静かな熱気が満ちていた。
机の上に広げられているのは、イザベラ様という道化を操り私たちが手に入れた先代公爵の暗号が記された農業記録。そしてシルヴィア様がその美しい文字で書き起こしてくれた、ドルヴァーン家に伝わる精霊たちの口伝。
「……これだわ」
セレスティーナ様が父君の遺した暗号を解読し、震える指で一つの文献番号を指し示した。約束の天文暦と照らし合わせて導き出した禁書庫に眠る真実の記録。
「これが父が遺してくれた、私たちの道しるべ……」
その声は、自らが背負う宿命とようやく向き合えた者の覚悟に満ちていた。
私たちの論文執筆はそこから本格的に始まった。
それは三つの異なる才能が一つの目的のために完璧に組み合わさっていく、美しい協奏曲のようだった。
シルヴィア様が精霊たちの詩的な伝承を豊かな知識で補足し、物語の骨格を紡ぐ。
セレスティーナ様がその物語を公爵代理としての深い洞察力で、歴史的な背景や政治体制と結びつけ、確固たる理論へと昇華させる。
そして私がその二つの才能が生み出した珠玉の理論を、一介のメイドとして、しかし前世で培った論理的思考で、誰も反論の隙を与えない完璧な文章へと再構築していく。
時折セレスティーナ様はペンを置き、遠い目をした。
「私のこの銀色の髪が……かつては世界を安定させるための祝福の翼だったなんて」
彼女がずっと「不吉の象徴」として背負ってきた呪いの証。それが本当は誰よりもこの国を愛した祖先の誇りの色だったと知った時の、彼女の静かに涙を流す横顔を、私は生涯忘れることはないだろう。
(ああ、我が君。あなたはこんなにも気高いお方だったのですね)
その姿を見守れることこそ、私の何よりの幸福だった。
論文の完成にはいくつかの追加資料が必要だった。
私たちは三人で天媒院の広大な図書館へと向かった。
だが案の定、私たちの前には見えない壁が立ちはだかる。
「申し訳ありません、ヴァイスハルト嬢。その区画は現在、蔵書点検中でして」
「こちらの資料はラザルス様が長期の研究のため借り出しておられますな」
ラザルス様派閥の貴族生徒たちが司書に圧力をかけ、私たちを執拗に妨害してくるのだ。
セレスティーナ様が反論しようと口を開きかけた、まさにその時だった。
図書館の重い扉が轟音と共に勢いよく開かれた。
「ごきげんよう、皆様! 読書による精神鍛錬の時間ですわ!」
そこに立っていたのはなぜかトレーニングウェア姿のイザベラ様だった。その手にはなぜか国語辞典ほどの厚みがある本が二冊握られている。
「なんですの、その貧弱な上腕三頭筋は! 文句があるなら筋肉で語りなさい!」
彼女は私たちを妨害していた貴族生徒の一人を指差してそう叫んだ。どうやら彼の「ひ弱そうな見た目」が彼女の逆鱗に触れたらしい。
嘲笑う貴族生徒たち。それにイザベラ様は完全に激昂した。
「良いでしょう! このツェルバルク流・読書術の極意をお見せしますわ!」
彼女は手に持った分厚い本をダンベル代わりに、凄まじい速度で振り回し始めた。
図書館は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。悲鳴を上げて逃げ惑う生徒たち。それを楽しそうに追いかけ回す赤い髪の悪魔。
司書はその場で気絶した。
私たちはその大混乱の隙を見逃さなかった。
「……今のうちよ、リリア、シルヴィア!」
セレスティーナ様の冷静な声。
私たちは顔を見合わせると悠々と目的の書架へと向かい、必要な資料を全て手に入れた。
温室へと戻る道すがら、シルヴィア様が信じられないといった顔で呟いた。
「イザベラ様、もしかして私たちを助けるために……?」
「……だとしたらあまりに遠回しで意味不明なやり方ね」
セレスティーナ様が呆れたようにそう返す。
私は一人冷静に分析していた。
「いえ、あれはただの偶然です。ですが……彼女の存在そのものがラザルス卿の描く『盤面』を乱している。これは私たちが利用できる最大の武器かもしれません」
ふと私の脳裏に、今日の図書館での騒動を。
書架の影からただ静かに、しかし心の底から面白そうに眺めていたクロイツェル教授のあの眠たげな瞳がよぎった。
彼のあの笑みの本当の意味は一体何だったのだろうか。
新たな小さな謎を胸に抱えながら。
私たちは勝利への最後のピースを手に、作戦基地へと帰還したのだった。
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