第五十二話:悪役令嬢の、空回り
私たちがライネスティア家の欺瞞を暴くための決定的な「証拠」と「道しるべ」を手に入れてから数日。
学園内は論文会を前にした奇妙な静けさと、水面下での激しい情報戦の緊張感に包まれていた。
その日の授業は環流マナ術の実践訓練だった。
大訓練場に集まった生徒たちは、二人一組で基本的な攻防の魔法を披露していく。
セレスティーナ様はその圧倒的なエーテル適合性で、極めて高難易度の凍晶‐シアン系統の防御魔法をいとも容易く成功させた。彼女の手のひらから生まれた氷の薔薇が陽光を浴びてきらきらと輝く。
そのあまりに優雅で美しい光景に、シルヴィア様や他の生徒たちから感嘆のため息が漏れた。
その二人の姿を忌々しげに睨みつけている一人の令嬢がいた。
イザベラ・フォン・ツェルバルクだ。
婚約者であるエドワード第二王子がセレスティーナ様のその演技に見惚れているのが気に食わなかったのだろう。
彼女は取り巻きたちを引き連れ、私たちの前に進み出た。
「ふん! 地味で華のない、守ってばかりの役立たずの魔法ですこと! わたくしがツェルバルク家の真の力をお見せあそばせ、セレスティーナ様!」
彼女は高らかに宣言した。
「わたくしと決闘なさい!」
突然の申し出に訓練場がどよめく。
「イザベラ、無茶だ! やめなさい!」
エドワード王子が制止するが、彼女はもう聞く耳を持たない。
セレスティーナ様は深いため息を一つつくと静かに、その挑戦を受け入れた。
決闘が始まる。
セレスティーナ様はただ静かに防御に徹する。イザベラ様の激情に任せた荒々しい灼閃‐レッドの魔法を、彼女は完璧な氷の盾で全て受け流していく。
そのあまりに優雅な実力差。
観衆の前で恥をかかされたと感じたイザベラ様のプライドは、ついに限界を超えた。
「これならどうですのッ!」
彼女は自らの制御能力を完全に超えた最大級の攻撃魔法を行使しようとしたのだ。
その循環詠は明らかに乱れていた。
(まずい……! マナの環流が破綻しかけている……!)
侍女として控えていた私の目にも、その危険な兆候は見て取れた。
クロイツェル教授はその様子をただ鋭い目で観察しているだけだ。
そしてイザベラが最後の詠唱を叫んだその瞬間。
彼女の手に集まっていた真っ赤な閃光は前方ではなく、彼女自身の内側へと爆ぜた。
魔法の逆流障害だ。
「きゃああああっ!」
凄まじい衝撃波が彼女の体を吹き飛ばす。
イザベラ様の体は紙切れのように宙を舞い、そして訓練場に置かれていた石の的へと後頭部を強かに打ち付けた。
ゴツンという鈍い音。
それきり彼女は動かなくなった。
訓練場がパニックに包まれる。
王子や教授たちが彼女の元へと駆け寄っていく。
私とセレスティーナ様はその光景をただ呆然と見つめていた。
(自業自得とは思うけれど……。でもまさかこんなことになるなんて……)
意識を失ったイザベラが医務官たちによって担架で運ばれていく。
その日の夜。医務室のベッドの上で彼女は静かに目を覚ました。
「……頭が痛い……。わたくし、一体……?」
彼女のその燃えるような真紅の瞳に、これまでの高慢な光とは全く違う戸惑いと混乱の色が浮かんでいる。
「ここ……どこ? まさかこれって、ゲームの……?」
彼女が呟いた誰にも届かないその小さな、小さな言葉。
それがこの天媒院での私たちの運命を、さらに予測不能な方向へと変えてしまうことを。
この時の私たちはまだ知る由もなかった。
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