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第四十八話:偽りのインクと、三人の共犯者

 私が王都の裏社会に二つの「種」を蒔いてから数週間が過ぎた。

 天媒院の中は、論文会の開催を前に貴族たちの探り合いと牽制が渦巻いている。だが私たちの周りだけは、奇妙なほど静かだった。ラザルスからの直接的な妨害はない。

 それは、まるで嵐の前の不気味な静けさのようだった。


 私たちはその静寂を最大限に利用した。

 放課後になると、私たちはシルヴィア様が管理する植物園の古い温室に集まる。そこが私たちの秘密の作戦基地だ。


「――精霊たちはそう伝えています。『建国の時、ヴァイスハルトの銀の輝きなくして、この国の平穏はなかった』と」

 シルヴィア様が、彼女の一族にのみ伝わる精霊の口伝を静かに語る。

 セレスティーナ様はその詩的な言葉を一言も聞き漏らすまいと、羊皮紙にペンを走らせていた。

 その真剣な横顔は、私が初めて恋に落ちたあの日のまま。

 私の胸が、また甘く痛んだ。


(ダメだ、リリア。今は集中するのよ!)


 私は頭を振ると、目の前の膨大な資料に再び向き直った。

 私たちの武器はシルヴィア様の「伝承」だけではない。

 私にはもう一つ確信があった。


 その確信が形となって私たちの元に届けられたのは、論文会の一週間前のことだった。

 商人見習いのフィンが、いつものように人懐っこい笑顔で温室にやってきたのだ。

「リリアさん、お届け物だよ! クロウリー商会から至急ってさ!」


 彼が私に恭しく差し出したのは、小さな、小さな木箱だった。

 セレスティーナ様とシルヴィア様が息を呑んで私を見つめている。

 私はゆっくりと頷くと、その箱を開けた。


 中に入っていたのは一枚の羊皮紙。

 そこに書かれていたのは、私たちの勝利を決定づける衝撃的な事実だった。


「……リリア?」

 セレスティーナ様の不安げな声。

 私は顔を上げた。そしてこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべてみせた。


「おめでとうございます、お嬢様、シルヴィア様」

 私はその羊皮紙を高々と掲げる。

「私たちの勝ちです」


 ライネスティア家の歴史書から私が削り取ってきた、あのインクの染み。

 その主成分は、この国では数百年前に製造が禁止されたはずの、古代の錬金術によってのみ精製可能な特殊な鉱物だったのだ。


「あの歴史書は偽物だったのです……! 彼らは古い無地の羊皮紙の上に、古代のインクを使って、自分たちに都合の良い偽りの歴史を書き上げた! これがその動かぬ証拠です!」


 私の言葉に、シルヴィア様は驚きに目を見開いている。

 そしてセレスティーナ様は。

 その美しい唇に、初めて見る不敵な女王の笑みを浮かべた。


「ええ、そうね。最高の切り札だわ。……ですがリリア。このあまりに強すぎる刃は、使い方を間違えてはいけませんわね」

「と、仰いますと?」

「私たちの論文は、あくまでシルヴィアの家の口伝とお父様の遺された記録を元に構築します。そしてラザルスが私たちのその『おとぎ話』を嘲笑し、完全に油断しきったその最後の最後の瞬間に」

 彼女は、私の持つ羊皮紙をそっと指し示した。


「――この真実の刃で、彼の喉元を切り裂くのです」


 その月白色の瞳に宿る氷のような、しかしどこか楽しげな光に、私は改めて惚れ直していた。

(ああ、我が君! その悪役令嬢のようなお顔! 最高に、最高に素敵です!)


 私たちの本当の反撃の狼煙が、今、確かに上がったのだ。

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