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第四十六話:森の家の、おとぎ話

 シルヴィア・フォン・ドルヴァーン様。

 彼女が差し伸べてくれた、思いがけない、救いの手。

 私たちは、その翌日の放課後、彼女の案内に従って、天媒院の敷地の、最も奥まった場所にある、古いガラス張りの植物園へと、向かっていた。


「ここなら、誰にも、話を聞かれる心配はありませんわ」

 植物園の中は、温かく、湿った空気と、甘い花の匂いで満ちていた。見たこともない、珍しい植物たちが、静かに、息づいている。

 その、穏やかな空間は、ドルヴァーン家の令嬢である、彼女の雰囲気に、どこか、似ているようだった。


 私たちは、中央にある、古い噴水の縁に、腰を下ろした。

 シルヴィア様は、私たちに向き直ると、静かな、しかし、芯の通った声で、語り始めた。


「これからお話しするのは、ヴァイスハルト家の公式な歴史書には、決して、記されることのない物語。我がドルヴァーン家が、代々、精霊との契約を通じて、その魂に、直接、受け継いできた、口伝の歴史…『森のおとぎ話』です」


 彼女は、続けた。

「公式な歴史では、建国の英雄は、アルビオン王家の祖と、それを支えた、四家の貴族、とされています。ですが、精霊たちが記憶する、本当の歴史は、少しだけ、違うのです」

 シルヴィア様の言葉に、私とセレスティーナ様は、息を呑んだ。


「精霊たちは、こう、伝えています。『始まりの時、世界オドと、イドを繋ぐ、偉大な、二つの柱があった』と。一つは、後に、王家となる、黄金の獅子。そして、もう一つは――」

 彼女は、そこで、言葉を切り、セレスティーナ様の、銀色の髪を、真っ直ぐに、見つめた。

「――その、月光を宿した、銀色の翼。ヴァイスハルト家の、最初の公爵様こそが、この国の、エーテルの流れを安定させ、人と、精霊との、最初の契約を結んだ、偉大な仲介者であった、と」


 セレスティーナ様が、ハッと、顔を上げる。

 彼女が、その血筋故に、ずっと「不吉」だと、疎まれてきた、その銀髪。

 それが、かつては、世界を安定させるための、気高い「祝福」の証だった、というのだ。


「ですが」と、シルヴィア様は、悲しそうに、目を伏せた。

「精霊たちの唄は、いつの頃からか、その響きを変えてしまいました。ヴァイスハルト家の、その輝きに、『影』が差し始めた、と。そして、奇妙なことに、我が家の記録によれば、ライネスティア家が、現在、公式の歴史書として、その権威を主張している、あの、壮大な年代記の編纂を、始めたのも、ちょうど、その時期と、重なるのです」


 シルヴィア様の話は、衝撃的だった。

 だが、同時に、私たちの胸に、一つの、確かな、希望の光を、灯してくれた。


 彼女が、話し終えると、セレスティーナ様は、しばらく、黙り込んでいた。

 やがて、彼女は、震える声で、呟いた。

「…そう、でしたの。私の、この髪が…」

 その月白色の瞳が、僅かに、潤んでいるように、私には見えた。


 私は、興奮を抑えきれずに、口を開いた。

「お嬢様、シルヴィア様! もし、この『おとぎ話』が、真実であると、証明できるのなら…! ライネスティア家の主張する、歴史そのものを、根底から、覆すことができます!」

「でも、どうやって? 口伝は、証拠にはならないわ」

 セレスティーナ様の、その、もっともな言葉に、私は、うっ、と、言葉を詰まらせた。


 その、瞬間だった。

 私の脳裏に、あの、謎めいた、クロイツェル教授の言葉が、よみがえったのだ。


『――面白い真実は、いつだって、店の表には、並んでいない。時には、裏路地を、探してみるもんだよ』

『――例えば、そうだな。『古代における、錬金術的インクの、成分分析』なんていう、誰も読まないような、古い本の中にな』


(インクの、成分分析…? 裏路地…? そうか…!)


 私は、ハッと、気づいた。

 教授が、言っていたのは、そういうことだったのか!


「お嬢様」

 私は、隣に立つ、セレスティーナ様を見上げた。

「敵の土俵で戦う必要は、ありません。私たちには、私たちの、戦い方があります。…ライネスティア家が、長年かけて、歴史を塗り替えてきたというのなら、その、歴史書そのものに、必ず、綻びがあるはずです」


 書かれた「内容」を、否定するのではない。

 その、書かれた「物」そのものが、偽りであることを、証明するのだ。


 私たちの、本当の反撃の糸口が、ようやく、見えた、瞬間だった。

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