第四十四話:宣戦布告と、共犯者の誓い
クロイツェル教授の、あの悪意に満ちた問いかけ。
それを、あまりに鮮やかに、そして気高く切り返した、セレスティーナ様。
最初の授業が終わった後も、大講義室の空気は、まだ興奮と戸惑いの余韻に満たされていた。
(すごい……! すごい、我が君! 一歩も引かなかった……! これが、私の女王様……!)
私は、侍女として、その冷静な仮面を必死に保ちながらも、内心では喜びのあまり暴風雨のように荒れ狂うスタンディングオベーションを、彼女に送っていた。
私たちが部屋を出ようと席を立った、その時だった。
「――見事な、切り返しでしたね。ヴァイスハルト嬢」
私たちの前に立ちはだかったのは、ライネスティア公爵家の嫡子、ラザルスだった。その知的な眼鏡の奥の瞳は、全く笑っていない。
「哲学的なお遊びは、お得意のようですね。ですが、そのような、中身のない言葉遊びが、この王立天媒院で、いつまで通用するか」
「何か、ご用件でしょうか、ライネスティア卿」
セレスティーナ様は、その月白色の瞳で、ラザルスを静かに見据える。
ラザルスは、その口元に冷たい笑みを浮かべた。
「ええ。あなたに、良い報せを、お持ちしました。先ほど、正式に、今年の『建国王祭・記念論文会』のテーマが発表されました」
彼はそこで、わざとらしく言葉を切る。
「テーマは、『建国史における、エーテル理論の変遷』。……実に、あなたにふさわしいテーマではありませんか」
そして、彼はこの論文会の勝利者にのみ与えられる、特別な褒賞について語り始めた。
それは、天媒院の上級生、いえ教授ですら特別な許可なくしては立ち入ることのできない、知の聖域。
『禁書庫』への、一年間の自由なアクセス権。
「私は、勝ちます。そして、その権利を行使し、あなたの一族が、何百年もかけて隠蔽してきた、その埃をかぶった秘密を、全て白日の下に晒して差し上げましょう」
「……」
「あなたの、その不吉な銀髪の本当の意味も、含めて、ね。その時、あなたのその氷の仮面が、どこまで保っていられるか。今から楽しみです」
それは明確な宣戦布告だった。
彼は、この論文会という知の戦場で、セレスティーナ様の家の秘密を、そして魂そのものを、衆目の前で辱めようとしているのだ。
セレスティーナ様は、何も答えなかった。
ただ、ラザルスを氷よりも冷たい絶対零度の視線で一瞥すると、私の腕をそっと引いた。
「……行くわよ、リリア」
その夜。セレスティーナ様の私室は、重い沈黙に支配されていた。
彼女は、ただ窓の外の月を見上げている。
「……聞きましたね、リリア。あれが、彼らのやり方よ」
「はい」
「禁書庫は、父が最後にたどり着こうとしていた場所。そこに、私たちの運命を変える何かがある。……敵も、それを知っているかもしれない」
「だとしたら、私たちのやるべきことは、一つです」
私は、彼女の前に静かに跪いた。
その月白色の瞳が、私を見下ろす。
「この戦、もはや、あなた様お一人ではございません」
私は、彼女のその冷たくなった指先を両手で、そっと包み込んだ。
「このリリア、あなたの剣となり、盾となり、そして……あなたの知恵となります」
セレスティーナ様の瞳が、わずかに揺らぐ。
「……あなたに全てを背負わせてしまうわ」
「いいえ」
私は、きっぱりと首を横に振った。
「これは、私の戦いでもあるのです。私が、そう決めたのですから」
私たちの、本当の戦いが、今、ここから始まる。
その共犯者としての静かな、しかし何よりも強い誓いの瞬間だった。




