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第四十一話:女王の宣言

 貴族議会の議会場は重苦しい沈黙に支配されていた。

 王城の一角にあるその荘厳な広間。ステンドグラスから差し込む光が、空気中の埃をきらきらと照らし出し、まるでこれから始まる審判の舞台装置のようだった。

 この国を動かす王侯五侯の当主たち。そして有力貴族たちが一同に会している。その値踏みするような、あるいは好奇に満ちた視線が、ただ一人、被告席ともいえる席に座るセレスティーナ様に突き刺さっていた。


 私はその少し後ろの壁際に、侍女として控えている。

 心臓が早鐘のように鳴っていた。だが不思議と恐怖はなかった。

 なぜなら私の隣には、誰よりも気高く、そして強い私の主がいるのだから。


 やがて議長の声が響き渡る。

「――では、ライネスティア公爵より提出されたる議題、『ヴァイスハルト公爵家の家政運営能力に関する緊急審議』を、これより開始する」


 その言葉と共にライネスティア家の当主、エルネスト・フォン・ライネスティアが静かに立ち上がった。

 彼はその知略で名高い家柄にふさわしく、物腰は柔らかく、その表情には深い悲しみの色さえ浮かべていた。

「皆様、お集まりいただき感謝申し上げる。私がこの心苦しい議題を提出いたしましたのは、他でもない、この国の未来を、そして五侯筆頭たるヴァイスハルト家の名誉を深く憂うが故にございます」


 なんという白々しい芝居だろうか。

 彼は先日、屋敷で起きたアンナの事件に巧みに言及し始めた。

「一介のメイドが主の目の前で、禁じられた魔法を行使し暴走する。このような前代未聞の不祥事。そしてその後のセレスティーナ嬢の、あまりに寛大すぎる処遇。これらは彼女のその若さ故の経験不足と、そして伝え聞くその、デリケートなご体調に起因するのではないかと、私は深く憂慮しておるのです」

 彼の言葉は毒を含んだ蜜のように甘く、そして確実に、その場にいる貴族たちの心に疑念という名の種を植え付けていく。


 セレスティーナ様はただ黙ってその演説を聞いていた。

 やがてエルネストが芝居がかった溜息と共に席に着くと、議長の視線がセレスティーナ様に向けられた。

「――セレスティーナ・フォン・ヴァイスハルト嬢。何か申し開くことは」


 全ての視線が彼女一人に集中する。

 誰もが固唾を飲んで彼女の言葉を待っていた。

 セレスティーナ様はゆっくりと立ち上がった。

 その所作はどこまでも優雅で気高い。

 彼女はまずエルネストに向かって静かに一礼した。


「ライネスティア公爵。我が家のこと、そして私の身を深くご案じいただき、心より感謝申し上げます」


 そのあまりに落ち着き払った声に、議会場がわずかにどよめく。

 セレスティーナ様は続けた。


「公爵のお言葉、ごもっともです。確かに今の私には、父上が遺されたこの大きな家を一人で背負うには、若く、そして未熟な点が多々ありましょう」

 その自らの非を認めるかのような言葉に、エルネストの口元がほんの少しだけ歪んだのを私は見逃さなかった。

「ですが」

 セレスティーナ様の声が凛とした響きを帯びる。


「私の資質に疑義があるというのなら、それにお答えするのが次期当主としての務め。私は王立天媒院に編入し、この国の誰よりも優れた魔術の担い手であることを、自ら証明してみせましょう」


 そのあまりに大胆な宣言。

 議会場が今度こそ大きなどよめきに包まれた。

 エルネストの完璧なポーカーフェイスが、初めて驚愕に固まっている。

 セレスティーナ様はそんな彼に氷の微笑を向けた。


「私が天媒院で主席の座を得る、その日まで。この議題は保留としていただきたく。…よろしいですわね?」


 もはや誰にも反論はできなかった。

 セレスティーナ様は呆然とする貴族たちに優雅に一礼すると、踵を返し議会場を後にした。


 王城の長い長い廊下を歩きながら。

 私の前を歩くセレスティーナ様はふと立ち止まり、私に向き直った。

 そして誰にも聞こえない小さな声で囁いた。


「…どうだったかしら、リリア。私の、生まれて初めての反撃は」


 その声は少しだけ震えていた。

 だがその横顔は、私が今まで見たどの彼女よりも誇り高く、そして美しく輝いていた。


(か、勝った…! 我が君が、あのふてぶてしい狸親父(ライネスティア公爵)を完璧に圧倒なされた…!)


 私の心の中はもはやスタンディングオベーションの嵐だった。

 侍女としての冷静で無表情な仮面の下で、私の魂は喜びのあまり絶叫していた。


(ああ、我が君! 我が君! なんという、なんという完璧なカウンター! あの狸親父の、鳩が豆鉄砲を食ったような顔! ああ、録画して永久保存版にしたい! 家宝にします! いいえ、ヴァイスハルト家の家宝にしましょう、私が!)


 私は込み上げる万感の想いを必死に心の奥底に押し込め、ただ完璧な侍女の笑みを浮かべて、深く深くお辞儀をした。

「…お見事でございました、お嬢様」


 その一言を絞り出すのが精一杯だった。

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