表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/127

第四十話:女王の覚悟と、父の遺言

 書斎の空気は凍てついていた。

 机の上に広げられた王家からの召喚状。その一枚の羊皮紙が、私たちがようやく手に入れた穏やかな日常を、いとも簡単に終わらせてしまった。


「…ライネスティア家。あの、老獪な狸どもめ」


 セレスティーナ様は椅子に深く腰掛けたまま、低く静かな声でそう呟いた。

 その横顔は再び、完璧な『氷の薔薇』の仮面で覆われている。だが今の私には、その仮面の下にある彼女の燃えるような怒りと、そしてかすかな絶望の色が見て取れた。


 この国は王家を頂点とし、五つの大貴族…王侯五侯によってその均衡が保たれている。


 その筆頭たるヴァイスハルト家にとって、知略と魔法探求を司るライネスティア家は、歴史的に見ても常に最大の政敵だった。そのライネスティア家がついに表舞台で牙を剥いたのだ。


「彼らはアンナの事件を逆手にとって、『ヴァイスハルト家の令嬢は心身ともに不安定で、家を治める器ではない』と貴族議会で私の継承権に公然と疑義を呈してきた。…私を、公爵代理の座から引きずり下ろすつもりよ」


 私は黙って彼女の言葉を聞いていた。

 私を庇ってくれたあの日以来、彼女は時折こうして私にだけ、その胸の内を零すようになったのだ。


「私が何を言おうと、彼らはそれを『銀髪の娘の、ヒステリーだ』と笑うだけでしょうね」

 セレスティーナ様は静かに目を伏せた。その姿に私は、胸が締め付けられるような痛みを覚える。

 だが次の瞬間、彼女は顔を上げた。

 その月白色の瞳に宿っていたのは絶望ではなかった。


「リリア。あなたのおかげで、私は気づいたわ」

「お嬢様…?」

「私はこれまで逃げていた。父が遺したこの膨大な研究記録から。そこに眠る私自身の、そしてこの家の本当の宿命から」


 彼女は静かに立ち上がると、書斎の奥、記録保管室から運び込まれた大量の古文書が山積みになったもう一つの机へと歩み寄った。

 あの日、私が倒れてから彼女は変わったのだ。

 まるで何かに取り憑かれたかのように書斎に籠り続けていた。先代公爵が遺した難解な記録の山を、自らの意志で読み解き始めたのだ。


「父は私を守ろうとしてくれていた。この呪われた血の宿命から。だがその志半ばで、父は逝ってしまった」

 彼女は一枚の古びた羊皮紙を愛おしそうに指でなぞる。

「そして私も、その死と真実から目を逸らし続けていた。…でももうやめたわ。あなたが私に教えてくれたから。運命は、ただ待っているだけでは何も変わらないのだと」


 セレスティーナ様は私に向き直った。

 その瞳には数週間にもわたる苦悩と、研究の末にたどり着いたであろう確かな光が宿っていた。


「見つけたのよ、リリア。父が私たちに遺してくれた、たった一つの希望の糸口を」

 彼女が私に差し出したのは、数枚の書きかけの論文だった。

「父は私のこの力を根本的に制御する方法を探していた。そしてその鍵が、王国の最高学府、王立天媒院の深奥…禁書庫に眠っているという可能性に行き着いていたわ」


 私は息を呑んだ。

「では…」

「ええ。ライネスティア家が望んだ嵐です。受けて立つのがヴァイスハルト家の礼儀でしょう」


 彼女の唇に、初めて見る不敵な、そしてどこまでも美しい笑みが浮かんだ。

 それは追い詰められた姫君ではなく、戦場に立つ女王の笑みだった。


「リリア。…最高の舞台で証明してあげる。この私こそがヴァイスハルト家を率いるにふさわしいのだと」


 かくして私たちの次なる戦いの舞台は決まった。

 茨の道と分かっていても、そこに僅かな希望の光があるのなら。

 私たちはもう、進むしかないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ