第三十七話:断罪の光と、月白色の涙
やがて、アンナ先輩が、セレスティーナ様の私室を訪れた。表向きは、夜の就寝準備の手伝いという名目で。
「失礼いたします、お嬢様」
その顔は、いつもと変わらない、無表情なものだった。内心で、これから起こるであろう、私の破滅を確信しているのか、その表情からは、何一つ、読み取ることはできない。
部屋には、私と、セレスティーナ様、そして、アンナ先輩の三人だけ。
私は、給仕用のワゴンに用意していた、アンナ先輩が毒を仕込んだ、あのポットを、静かに手に取った。
そして、セレスティーナ様の前のテーブルに、カップを置き、そこに、琥珀色の液体を、ゆっくりと注いでいく。
アンナ先輩の視線が、私の手元に、一瞬だけ、鋭く突き刺さったのを、私は見逃さなかった。
私が、毒の入ったお茶を、セレスティーナ様に差し出そうとした、まさにその瞬間。
セレスティーナ様が、静かに、それを手で制した。
「――待ちなさい、リリア」
そして、彼女は、その月白色の瞳を、ゆっくりと、アンナ先輩へと向けた。
「アンナ。そのお茶に、あなた、何を入れましたか?」
部屋に、完全な沈黙が落ちる。
アンナ先輩の、完璧な無表情が、初めて、わずかに、引きつった。
「…何を、仰って…」
「全て、見ていましたよ」
セレスティーナ様の、氷のような声が、響き渡る。
「あなたが、準備室で、リリアの茶箱に手を出し、このポットに、異物を混入した、その全てを」
次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、護衛騎士隊長たちが、雪崩れ込んできた。
アンナ先輩は、完全に、追い詰められた。
「あなたは、なぜ…
彼女は、憎悪に満ちた、狂気の形相で、叫んだ。
「この、銀髪のバケモノが!」
アンナ先輩は、彼女は、その場で、両手を前に突き出した。洗練された動きで、殺意に満ちた環流マナ術を、
自身の魂核から、マナを触媒にして、行使したのだ。
「死になさいッ!」(Red・In…Hold…Out!)
彼女の手のひらから、
灼閃‐レッドの、真っ赤な熱線が、一直線に、セレスティーナ様へと、迸る。
セレスティーナは、相手が平民のメイドであるという油断、そして、咄嗟に術で応戦すれば、自身の魔力が暴走しかねないという恐怖から、一瞬、反応が遅れてしまった。
その、ほんの一瞬の隙を、私は見逃さなかった。
考えるより早く、私の体は、動いていた。
セレスティーナ様の前に、飛び出す。
そして、その背中に、灼熱の衝撃が、叩きつけられた。
「ぐ、ぁっ……!」
肉の焼ける匂いと、激しい痛み。
私は、その場に、崩れ落ちた。
遠のく意識の中、騎士隊長たちが、アンナ先輩を取り押さえる声が聞こえる。屋敷内で禁じられた魔法を使ったという事実、空間に刻まれた「エーテル痕」
と自身から漂う「マナ臭」という、動かぬ証拠が、彼女の罪を、決定的なものにしただろう。
私の体の上に、影が差す。
見上げると、そこには、これまで見たこともないほど、狼狽した顔の、セレスティーナ様がいた。
その、氷の仮面は、完全に、砕け散っている。
「リリア! しっかりしなさい、リリア!」
月白色の瞳が、私を映している。その瞳に、恐怖と、そして、私への、確かな、想いが、宿っているのが、見えた。
(よかった……我が君は、ご無事だ…)
私は、彼女の、その顔を見れただけで、満足だった。
そして、安心したように、そっと、微笑むと、私の意識は、深い、深い、闇の中へと、沈んでいった。




