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第三十六話:女王とメイドの、最後の罠

 あの日、私が、セレスティーナ様の最大の秘密…『蒼砂のディストラ』の名を口にした、あの瞬間から。

 私と彼女の関係は、その質を、完全に変えた。

 もはや、ただの「主人」と「メイド」ではない。

 私たちは、同じ敵を見据え、同じ目的を持つ、たった二人の「共犯者」となったのだ。


 それからの数日間、私たちは、アンナ先輩を完全に追い詰めるための、最後の罠の計画を、夜ごと、密かに練り上げた。

 計画は、ごくありふれた、日常の一コマを、舞台とする。


 決行の日。

 セレスティーナ様は、いつものように、午後のティータイムを、自室で過ごすと、侍女たちに伝えた。

 その、いつもと変わらない光景の裏で、私と彼女の、二重の罠が、静かに進行していた。


 私は、計画通り、給仕室で【おとりの茶箱】の準備を整える。錠前には、例の仕掛けが施してある。

 そして、セレスティーナ様が、アンナ先輩を自室に呼びつけた。

「少し肩が凝ったから、揉んでくれないかしら」

 それは、アンナ先輩を、犯行現場の近くに、自然に留めておくための、もっともらしい口実。


 アンナ先輩が、セレスティーナ様の肩を揉んでいる、その最中。

 セレスティーナ様は、計算通りに、こう告げた。

「ああ、喉が渇いたわ。リリアを呼んできてちょうだい」


 アンナ先輩は、セレスティーナ様に言われ、やむを得ず、私のいるはずの準備室へと向かう。

 そこで彼女が見たのは、「侍女頭に呼ばれ、急ぎ席を外します」という、私が残した書き置きと、机の上に無防備に置かれた【罠の鍵B】だった。

 これは、アンナ先輩にとって、千載一遇の機会。

 私がいない。そして、鍵がある。

 今ならば、誰にも気づかれずに、セレスティーナ様のお茶に、毒を盛ることができる。


 そして、この犯行の一部始終を。

 私とセレスティーナ様は、書斎の壁に隠された、古い覗き窓から、二人、肩を寄せ合うようにして、固唾を飲んで観測していた。


 アンナ先輩は、周囲を素早く見回し、誰もいないことを確認すると、一直線に、机の上の鍵を手に取った。

 そして、何のためらいもなく、その鍵を、茶箱の錠前に、差し込む。

 茶箱の中から、小さな紙包みを取り出すと、その中身…おそらく、彼女が用意した毒を、ポットの中に、素早く注ぎ入れた。

 そして、何事もなかったかのように、鍵を元の場所に戻し、部屋を出ていく。


 完璧な、犯行。

 動かぬ証拠が、今、私たちの目の前で、作り上げられた。


 私の隣で、セレスティーナ様が、小さく、息を呑むのが分かった。

 長年、自分を蝕んできた、見えない悪意。その正体が、今、明らかになったのだ。

 彼女の月白色の瞳が、これまでに見たこともないほど、冷たい怒りの光で、燃えていた。


「…行きましょう、リリア」

「はい、お嬢様」


 私たちは、顔を見合わせ、静かに頷いた。

 さあ、断罪の時間だ。

 この、長い、長い、劇に、最後の幕を下ろしに。

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