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第三十五話:ただ一人のための、告発

 錠前の奥で、静かに、しかし、確かに瞬く、青い光。

 それは、アンナ先輩が犯人であるという、動かぬ証拠。

 だが、私は、その証拠を手に、侍女頭や騎士隊長の元へは向かわなかった。


(これだけでは、足りない…)


 私が仕掛けた、あまりに特殊な罠。これは、状況証拠に過ぎない。

「リリアが、私を陥れるために、全てを仕組んだのだ」

 アンナ先輩がそう主張すれば、屋敷の者たちは、果たして、どちらを信じるだろうか。伝統を無視し、お嬢様のえこひいきを受けている、問題児の私か。それとも、長年、真面目に勤めてきた、先輩メイドの彼女か。

 答えは、火を見るより明らかだった。


 公の場で、彼女を断罪するのは、不可能だ。

 私が、真実を告げ、信じてもらうべき相手は、たった一人しかいない。


 その夜。私は、セレスティーナ様の私室を、自らの意志で、訪れた。

「お嬢様。今少しだけ、お時間を、いただけますでしょうか」

「…何よ、改まって」

 いつものように、本を読んでいた彼女は、訝しげに、私を見つめる。


 私は、彼女の前に、静かに膝をついた。

「お嬢様。私は、あなた様を害そうとしている、屋敷内の裏切り者を、特定いたしました」


 セレスティーナ様の月白色の瞳が、わずかに、見開かれる。

 私は、懐から、青く変色した錠前を出し、私の仕掛けた罠の全てを、正直に、彼女に打ち明けた。

 二つの鍵。錠前の仕掛け。そして、アンナ先輩だけが、その機会を持っていたこと。


 セレスティーナ様は、黙って、私の話を聞いていた。

 その表情は、氷の仮面のままで、何を考えているのか、全く、読み取ることができない。

 全てを聞き終えると、彼女は、冷たく、言い放った。

「……面白い仕掛けね。でも、リリア。あなたの言う通り、これは状況証拠でしかないわ。あなたが、アンナを陥れるために、この全てを仕組んだ可能性も、否定はできない」


 分かっていた。これだけでは、足りないことを。

 私は、最後の、そして、最大の賭けに出た。


「では、お尋ねします、お嬢様」

 私は、彼女の月白色の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。

「あなたは、ご自身が日常的に服用されている魂核イド鎮静薬『蒼砂のディストラ』が、ある特定の香辛料と体内で合わさることで、致死の毒に転じる危険性があることを、ご存知でしたか?」


 部屋に、完全な沈黙が落ちる。

 セレスティーナ様の、あの、常に全てを見透かすような、氷の薔薇の仮面が。

 初めて、ガラガラと、音を立てて、崩れ落ちていく。

 その月白色の瞳が、これまでに見たこともないほど、大きく、大きく、見開かれていた。

 そこにあるのは、驚き、動揺、そして、信じられないものを見るような、純粋な、戦慄の色だった。


「…なぜ、あなたが、それを…」

「先代公爵閣下が遺された、記録を、拝見いたしました」

「父の…?」

「はい。そして、私は、知りました。あなた様が、どれほどの重圧と、孤独の中で、戦ってこられたのかを」


 私は、続ける。

「アンナ先輩は、おそらく、黒幕から、その香辛料を渡されています。そして、あなた様が『蒼砂のディストラ』を服用していることを、何らかの形で知り、その知識を悪用して、あなた様の命を狙っているのです」


 セレスティーナ様は、震える手で、口元を覆った。

 彼女の、完璧な鎧が、今、私の前で、完全に、剥がれ落ちていた。

 私は、この瞬間、初めて、彼女の本当の魂に、触れたのかもしれない。


「どうすれば、動かぬ証拠を、掴める?」

 しばらくして、ようやく、彼女が絞り出したのは、そんな、か細い声だった。

 その言葉は、彼女が、私を、信じたという、何よりの証。


 二人は、初めて、同じ目的を持つ「共犯者」として、対峙した。

「…一つだけ、方法がございます。ですが、それは、お嬢様にも、ご協力いただく必要がある、危険な罠です」


 私は、これから仕掛ける、最後の罠の計画を、彼女に、語り始めた。

 窓の外では、月が、静かに、私たち二人を、見下ろしていた。

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