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第三十四話:二度目のくじ引きと、銀の花瓶

 マリー先輩の無実を証明した、その翌日。

 私の心は、決して晴れやかではなかった。

 一人の無実を証明したということは、同時に、残った三人のうちの誰かが、「犯人」である可能性が高いという事実を、重く、突きつけてくるからだ。


 私は、自室で、あのお茶の缶に残った、三枚の折り畳まれた紙を取り出した。

 もう、祈るような気持ちはない。これは、ただの、手続きだ。私が、この手で、引かなければならない、運命のくじ引き。

 目を閉じ、一つだけ、紙片をつまみ上げる。

 そこに書かれていたのは、「アンナ」という名前だった。


(……アンナ先輩)


 その名前を、私は、何の感情もなく、ただ、事実として受け止めた。

 チェンバーメイド(寝室係)、アンナ・先輩。

 彼女ならば、マリー先輩と同じ、「寝室の不具合」という口実で、ごく自然に、罠へと誘導できる。

 私は、静かに、次の狩りの準備を始めた。


 決行は、その日の午後。

 私は、計画通り、私専用の準備室に【おとりの茶箱】を設置し、その【罠の鍵B】を、机の上の書類の隅に、無造作に置いた。

 そして、アンナ先輩が、ちょうど一人でリネン類の整理をしているところを見計らって、声をかけた。


「アンナ先輩、少し、よろしいでしょうか」

「何よ、リリア。私、忙しいんだけど」

「大変申し訳ありません! 実は、お嬢様の寝室に飾ってある銀の花瓶を、私が磨いている最中に、少し傷つけてしまったようなのです…。侍女頭に見つかる前に、専門家である先輩に、うまくごまかせないか、こっそり見ていただきたくて…!」


 私の、必死の演技。アンナ先輩は、呆れたようにため息をついた。

「…しょうがないわね。あなたって、本当に手のかかる後輩。少しだけ見てあげる」


(……かかった)


 アンナ先輩が、私の頼み(という名の嘘)を受けて、セレスティーナ様の寝室へと向かう。

 私は、彼女の背中に向かって、最後の一手を打った。

「申し訳ありませんが、私、これから侍女頭に呼ばれていて…。ああ、いけない。茶箱の鍵を、机の上に置き忘れてしまいました。私が戻るまで、誰もこの準備室に近づけないよう、お願いできますか?」


「ふん。分かったわよ」

 アンナ先輩は、そう言うと、寝室の方へと消えていった。


 私は、その場を離れ、物陰から、息を殺して、時が過ぎるのを待った。

 数分後。寝室から戻ってきたアンナ先輩は、「大した傷じゃなかったわ。磨き直しておいたから、もう大丈夫よ」とだけ言うと、何事もなかったかのように、自分の持ち場へと戻っていった。

 彼女の行動に、表向き、不審な点は、何一つなかった。


 その日の夕方。

 全ての業務を終えた私は、侍女頭に許可を取り、一人、準備室へと向かった。

「本日使用した薬草茶の、在庫確認と、品質管理のため」という、もっともらしい理由をつけて。


 準備室の扉に、内側から鍵をかける。

 もう、誰も入ってこない。

 私は、机の上に置かれた【おとりの茶箱】の前に立った。

 心臓が、早鐘のように鳴っている。


 私は、懐から、小さなルーペと、特殊な試薬の入った小瓶を取り出す。

 錠前の、小さな鍵穴。

 そこに、試薬を染み込ませた、細い綿棒を、そっと、差し込む。

 そして、ルーペで、その内部を、食い入るように見つめた。


 もし、アンナ先輩が、マリー先輩と同じように、無実であるならば。

 錠前の内部は、ただの鈍い金属の色をしているだけのはずだ。

 そうであってほしい、と、私の心のどこかが、まだ、願っていたのかもしれない。


 最初は、何も起こらなかった。

 だが、試薬が、錠前の内部に、じわりと染み渡っていく、その数秒後。


 まるで、闇に、呪いの星が、一つ、灯ったかのように。


 ぽつり、と。


 錠前の奥で、鮮やかな、青い光が、確かに、瞬いていた。


 間違いない。

 アンナ先輩は、あの鍵を使い、この茶箱を開けたのだ。

 動かぬ証拠。


(ああ、そうだったのですか、アンナ先輩)


 心のどこかで、信じたくなかったのかもしれない。

 だが、証拠は、あまりにも、無慈悲に、真実を告げていた。

 私は、ゆっくりと立ち上がった。

 その瞳から、感傷の色は消えていた。

 悲しみも、罪悪感も、今は、全て、心の奥底に沈める。

 やるべきことは、ただ一つ。

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