第三十二話:二つの鍵と、物言わぬ錠前
私の手元にある、四人の名前。
アンナ、マリー、セラ、そして、エマ。
地道な捜査で絞り込んだ、容疑者たち。だが、これ以上の証拠はなく、私は手詰まりに陥っていた。
受動的な警護では、いずれ、我が君の命は奪われる。私に残された道は、ただ一つ。
こちらから、罠を仕掛けることだけだ。
私が考案したのは、他人の仕事には決して干渉しないというメイドの専門性、「専属給仕係」である私に責任を被せたいであろうという犯人の思惑を利用した「錠前」そのものを証拠とする、心理トラップ。
そのために、私は、数日かけて、慎重に準備を進めていた。
まず、私が「専属給仕係」として使う、特別な【おとりの茶箱】。その錠前には、私の秘密の仕掛けが施してある。
次に、見た目が全く同じ、二つの「鍵」。
一つは、私が普段使う、何の変哲もない【鍵A】。
そして、もう一つが、罠の要となる【鍵B】だ。
このトリックの仕組みは、こうだ。
まず、【鍵B】の先端部分に、肉眼では見えない、特殊な植物性の粉末Aを、薄く塗りこんでおく。
そして、茶箱の錠前の内部には、これまた、ごく微量の、別の種類の植物性の粉末Bを、あらかじめ仕込んでおく。
この二つの粉末は、それぞれ単体では無害だが、互いに接触すると、化学反応を起こし、錠前の内部に、特殊な試薬でしか確認できない、ごく微細な「灼け痕」のようなものを、永久に残すのだ。
犯人は、自分が動かぬ証拠を残したことなど、全く知らずに、その場を立ち去ることになる。
これらの特殊な植物の粉末と試薬は、私が記録保管室で、先代公爵が遺した古い錬金術の文献を読み解き、その知識を元に、今は使われていない薬草管理室の奥から、拝借してきたものだ。
父君が、何の目的で、このような物を集めていたのかは分からない。だが、今の私にとっては、最高の武器となった。
そして、最も重要なこと。
この【おとりの茶箱】は、あくまで、犯人を炙り出すための舞台装置。
セレスティーナ様が実際に口にするお茶は、この罠とは全く無関係の、私が、別の場所で、細心の注意を払って用意した、絶対的に安全なものだ。彼女の命を、危険に晒すことなど、万が一にもありえない。
私は、全ての準備を終えると、自室で、深く、息を吐いた。
無実かもしれない同僚を、これから、私は、試すことになる。その事実に、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
だが、感傷に浸っている時間はない。
私は、羊皮紙に書き出した、四人の容疑者のリストを、静かに見つめた。
「…待ってなさい、犯人さん」
私の手の中で、冷たい【鍵B】が、不吉な光を放っている。
「あなたの犯行は、もうすぐ、終わりよ」




